日系アメリカ文学雑誌研究: 日本語雑誌を中心に

日系日本語雑誌の多くは、戦中・戦後の混乱期に失われ、後継者が日本語を理解できずに廃棄されてしまいました。このコラムでは、名前のみで実物が見つからなかったため幻の雑誌といわれた『收穫』をはじめ、日本語雑誌であるがゆえに、アメリカ側の記録から欠落してしまった収容所の雑誌、戦後移住者も加わった文芸 誌など、日系アメリカ文学雑誌集成に収められた雑誌の解題を紹介します。

これらすべての貴重な文芸雑誌は図書館などにまとめて収蔵されているものではなく、個人所有のものをたずね歩いて拝借したもので、多くの日系文芸人のご協力のもとに完成しました。

*篠田左多江・山本岩夫 『日系アメリカ文学雑誌研究ー日本語雑誌を中心にー』 (不二出版、1998年)からの転載。

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幻の文芸誌『收穫』-その2/4

その1>>

2. 『收穫』の誕生とその後の経過

『收穫』は1936年12月、北米詩人協会の機関誌としてロサンゼルスで創刊され、第二号から文芸連盟の機関誌となり、1939年6月の第六号をもって休刊となった。創刊に当たっては加川文一(1911年生まれ)が中心的な役割を果たしている。 加川は呼び寄せ一世で、日本語と英語で詩を書いた。1930年に詩人で評論家のイーヴァ・ウィンターズの序文を載せた英詩集『ヒドン・フレイム』(Hidden Flame)を発表し、詩人として全米にその名が知られていた。

北米詩人協会は1936年9月12日、南加詩人協会を改名して生まれた組織である。発足当日の会合は盛会で ...

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幻の文芸誌『收穫』-その1/4

はじめに

1930年代の半ばに刊行された同人誌『收穫』は長い間、幻の文芸誌だった。創刊当時から注目されていて、『加州毎日新聞』『羅府新報』などの文芸欄には『收穫』が発行されるたびにその知らせの記事が掲載され、それに対する批評もしばしば載せられている。

日本人移民に関する歴史書にも、その文学の頃には決まってこの雑誌への言及がある。『在米日本人史』(1940)に「一九三六年には林田、加川、伊丹、上山らにより北米詩人協会が設立され雑誌『收穫』が発行された」と記されている。この言及のことばがほぼそのまま受け継がれて ...

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