二つの国の視点から

海外に住む日系人は約300万人、そのうち在米日系人は約100万人といわれる。19世紀後半からはじまった在米日系人はその歴史のなかで、あるときは二国間の関係に翻弄されながらも二つの文化を通して、日系という独自の視点をもつようになった。そうした日本とアメリカの狭間で生きてきた彼らから私たちはなにを学ぶことができるだろうか。彼らが持つ二つの国の視点によって見えてくる、新たな世界観を探る。

*この連載は、時事的な問題や日々の話題と新書を関連づけた記事や、毎月のベストセラー、新刊の批評コラムなど新書に関する情報を掲載する連想出版Webマガジン「風」 からの転載です。

community ja

日米のあいだで活躍する日系人たち~日系アメリカ人リーダーシップ・シンポジウム~

これまで、さまざまな分野の日系アメリカ人を取り上げながら、彼らが持つ2つの視点を探ってきたが、今回は、3月3日に六本木にある国際文化会館で開かれた「日系アメリカ人リーダーシップ・シンポジウム」を紹介しながら、日米のことを考えてみたい。

このシンポジウムは、外務省主催で2000年にはじまった「日系アメリカ人リーダー招聘プログラム」の一環として、開かれているものである。このプログラムは、毎回10名から15名の日系アメリカ人のリーダー的存在を日本に招き、日系アメリカ人と日本の間における理解の向上、関係性の強化、さらに日米関係の改善に向け、日系アメリカ人の役割を強化するための継続的な方策を講ずることを目標としている。

このプログラムで来日した日系人は延べ100人を超える。毎回、元全米日系人博物館館長で現在は米日カウンシルの会長を務めるアイリーン・ヒラノ・イノウエがコーディネーターとして来日しているが ...

Read more

media ja

ブレンダ・ウォン・アオキ~日米の物語を語る3世のソロ・パフォーマー~ その2

>>その1

家族の死を受け止めるために

「汽車に乗って」は、ブレンダがアリス・ハギオという2世から直接聞いた話で、「Last Dance」(1998)に収録されている。第2次大戦中、日系人収容所に移送される電車の中で、看護師をしていた「私」は、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いていたが、友人のミチの赤ちゃんが病弱だったため、その子の面倒も見ることになる。汽車で揺られること3日間。食事が出たのは一度だけで、母乳も出なくなった。ミチの赤ちゃんは、やがて泣き声がやみ、亡くなった。それから55年の月日がたち ...

Read more

media ja

ブレンダ・ウォン・アオキ~日米の物語を語る3世のソロ・パフォーマー~ その1

2007年から2008年にかけて、ブレンダ・ウォン・アオキは、「日米芸術家交換プログラム」で、夫君でベース奏者のマーク・イズ、息子で打楽器奏者のカイ・カネ・アオキ・イズ(別名KK)とともに、日本に滞在していた。彼女の来日に合わせて、「Mermaid Meat and Other Japanese Ghost Stories(2007)」というテキスト付のCDがリリースされ ...

Read more

culture ja

ジャニス・ミリキタニ~言葉の力を信じて、奉仕活動を続ける詩人-その2

>>その1

4世の娘へ伝えたいこと

Sing the melody of your own life! (自分自身の人生のメロディをうたえ)という、ミリキタニのスピーチの締めくくりの言葉は、彼女が書いた「Letter to my daughter(娘への手紙)」という詩を思い起こさせる。以下、抄訳。

娘への手紙
 怪我の痕は記憶されるにちがいない
 物語に耳を傾けなさい
 私たちは ...

Read more

culture ja

ジャニス・ミリキタニ~言葉の力を信じて、奉仕活動を続ける詩人-その1

日系アメリカ人には、珍しい苗字の人が結構いる。先祖を辿ると、広島、和歌山、熊本、沖縄などの地方出身者が多いためだろう。以前、このコラムでとりあげたゴタンダもそうだが、ミリキタニも、私は今まで日本でその苗字の人に出会ったことがない。

2006年に東京映画祭で、日系2世画家、ジミー・ミリキタニの人生を描いたドキュメンタリー映画「ミリキタニの猫」が上映され、「日本映画・ある視点」部門で最優秀作品賞を受賞した。その後、あちこちで上映されたので、この苗字がいくらか日本に浸透したかもしれない。漢字で書くと「三力谷 ...

Read more