Local library traces the history of 40 families through a commemorative photo of Japanese immigrants living in Palos Verdes at the beginning of the 20th Century
アメリカに来て、一般のアメリカ人に普及していることに驚いたもの…スシ、カラオケ、クロサワ、ハローキティ…。そしてもう一つ、シアツだ。リトル東京で「E-Z 指圧&マッサージ」を経営する目時強(めとき・つよし)さんは、1981年からアメリカで指圧師として働き始めた。まだほとんどのアメリカ人が、ツボを押される心地良さを知らなかった頃だ。
“Did I struggle in the East Coast? Not at all.”
“ビバリーヒルズにお店を開いた日本人の女性オーナー”-お会いする前は、どんなにアメリカナイズされた強い女性なのだろうと、想像していた。ロデオドラ イブのビバリードライブ沿いにあるフローズン・ヨーグルトの店「Sno:la」のオーナー、川島正子さんはそういった先入観を180度転換させる、心穏や かで柔軟性のある“大和なでしこ”だった。
>>前編
ロサンゼルスの日系社会を取材していると、3世の方々が日系社会で活躍されていることに気付く。今回もベニスのジャパニーズ・コミュニティ・セン ターの日本語クラスも、日系人の生徒たちはみな3世だった。建国230年のアメリカで4世以上の世代になれば、日系に対する意識は薄れてしまうということ なのか。
“このほんはいいですね”
以前、私はロサンゼルスにある日系無料誌で編集やライターの仕事に携わっていた。私が入社した90年代後半、ミツワ(当時のヤオハン)やニジヤ・ マーケットで手に入る日系無料誌で、今も残るのは「ライトハウス」「ブリッジUSA」「U.S. フロントライン」「TVファン」「日刊サン」くらいだろう。廃刊してしまった無料誌には、「VOGA」「ゲートウエイ U.S.A.」「マジョラム」あたりが思いつく。「USジャパン・ビジネスニュース」という硬派な新聞は買収されて、今は形態を替えている。
>> Part 1
“I never really thought of myself as being an American.”
These are the words of Yoshiko Yamaguchi, who instructs a “Citizenship Seminar” at the Pioneer Center in Little Tokyo. She opened up the one and only citizenship seminar for Japanese-speakers in LA County, and ...
A good friend of mine just got her American citizenship. It was a bit surprising that she didn’t have it already, considering how long she’s already been a part of American society; but when I asked, ”Why now?” she explained, “I wanted to make sure I can vote [this year].” ...
アメリカ人に知っている日本食レストランを挙げてもらうなら、「ベニハナ」と言う人も多いだろう。鉄板焼きレストラン「ベニハナ」は、都市部に住む アメリカ人の多くになじみのあるレストランだ。このレストランの創業者は、言わずと知れたロッキー青木氏。慶應義塾大学在学中にレスリングの日本代表とし てアメリカ遠征後、NYで屋台のアイスクリーム販売で成功したのをきっかけに、東京・日本橋で洋食店「紅花」を開いていた両親を説得、1964年にマン ハッタンで始めたのが、鉄板焼きレストラン「ベニハナ・オブ・トーキョー」である。オリエンタル調のミステリアスな店内インテリア、大きな鉄板を囲んだ客 が、ナイフとコテを器用に操るシェフに目の前でサービスしてもらうというスタイルは、パフォーマンス好きのアメリカ人にエンターテイメント型ダイニングと して受けた。「ベニハナ」は、現在90店舗以上(フランチャイズ含む)、南カリフォルニアだけでも10店舗あるという(※1)。