Keiko Fukuda

Keiko Fukuda was born in Oita, Japan. After graduating from International Christian University, she worked for a publishing company. Fukuda moved to the United States in 1992 where she became the chief editor of a Japanese community magazine. In 2003, Fukuda started working as a freelance writer. She currently writes articles for both Japanese and U.S. magazines with a focus on interviews. Fukuda is the co-author of Nihon ni umarete (“Born in Japan”) published by Hankyu Communications.

Updated February 2008

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家庭料理を超えた沖縄料理専門店がLA郊外で繁盛中

2008年初夏、ロサンゼルス郊外のトーランスに沖縄料理の店が開店した。店名を「沖縄居酒屋・SHIN」と言う。開店前から、「いよいよ本格的な 沖縄料理専門のレストランができるらしい」と、在ロサンゼルスのウチナーンチュの間では噂になっていた。かく言う筆者自身も楽しみにした沖縄料理ファンの 一人。沖縄出身ではないが、同県の物産をアメリカにPRするお手伝いをしている関係で、2008年2月に沖縄に渡った。現地で味わった、ゴーヤチャンプ ルー、グルクンの唐揚げ、海ぶどうは絶品だった。あの味を再び、アメリカにいながらにして食べられると思うと待ち遠しかった。

トーランスに隣接するガーデナには、全米でもハワイについで大規模な北米沖縄県人会の本部がある ...

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日本での移民教育の実態: ワークショップ形式のセミナーに参加

8月30日、パサデナセミナーの主催により日系移民に関する非常に興味深いワークショップ形式の講演会が開かれた。日系移民について知るための講演 ではない。日系移民について、日本国内でどう教育が行われているかに関する講演である。 講師は中央大学の森茂岳雄さんと、京都ノートルダム女子大学の中山京子さん。彼らは学校の教師になるために勉強している大学生を相手に講義を受け持ってい る。中山さんは、移民についての表記を盛り込む目的で、小中学生向けの教科書の編集委員も務めている。

中山さんが移民について関心を持つようになったきっかけは、シアトルで出会った日系アメリカ人男性だった。ダウンタウンを歩いている時に、向うから 日本人だと思われる人が歩いてきた。「Are you Japanese?」と聞いた中山さんに、相手の男性は「I’m ...

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日本人俳優、ハリウッドでの挑戦 その2

その1を読む>>

テレビドラマ「ヒーローズ」で一躍ブレイクした日本人俳優マシ・オカ。彼は劇中で、東京在住のサラリーマンを演じている。しかし、オカ本人は幼い頃 にアメリカに移住してきたため、日本人よりもむしろ日系人に近い。オカの父親を演じるのは日系アメリカ人俳優のジョージ・タケイ。そして、その若い頃を演 じているのが、日本からハリウッドをめざして渡米してきた尾崎英二郎さんである。

彼のアメリカとのかかわりは大学生時代に遡る。交換留学生として渡米し、アメリカの大学で経済学を学びながら、英二郎さんは自分の将来について思いを巡らせていた。そして、ある演劇学校での日々を記録した本を読んだことがきっかけとなり、ニューヨークに演劇留学を望むようになる。しかし ...

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日本人俳優、ハリウッドに挑戦 その1

ハリウッドで活躍する日本人俳優として思い浮かべるのは、誰だろう?ジョージ・タケイ?彼はアメリカ生まれの日系人であって正確には日本人ではな い。では、「ヒーローズ」で一躍ブレイクしたマシ・オカ?彼は日本生まれの日本人だが、幼い頃にアメリカに移住してアメリカで教育を受けている。

10年以上前のことになるが、アメリカ人に「日本人で最も有名な俳優は?」というアンケートを取った結果が日本のテレビ番組で放送されていた。アメリカ人が選んだ第一位は、何とブルース・リーだった。確かに同じアジア人ではあるが…。

近年で最も活躍が認められている日本出身の俳優は、渡辺謙だろう。彼は日本でのキャリアも長く、「ラストサムライ」に出演したことで一躍 ...

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難民として米国移住した日本人たち その4: 渡米2年で郷里に家が建った-小屋喜生さん-

>>その3 (西屋国弘さん)

ロサンゼルス郊外ノースリッジで引退生活を送る小屋さんは串木野市出身。1955年、難民移民枠を適用し、夫婦で渡米してきた。

串木野では、戦争中に落とされた爆弾で実家を焼失、一間のバラック家に家族と親戚10人で寝起きしていた。仕事は農業。グリーンハウスで野菜を育て ていた。しかし、急激なインフレ下でどんなに働いても暮らしは楽にならない。そんな時、市役所でアメリカ行きの話を耳にした。すぐにその話に飛びついた が、難民と認定されるまでに時間がかかった。しばらく待たされた後、ルース台風で農業が被害を受けたことで晴れて難民枠に入ることができた。

小屋さんは他の移住者とは異なり、妻を伴って渡米した。目的地の西田キャンプでは、夫は農場で ...

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