Keiko Fukuda

Keiko Fukuda was born in Oita, Japan. After graduating from International Christian University, she worked for a publishing company. Fukuda moved to the United States in 1992 where she became the chief editor of a Japanese community magazine. In 2003, Fukuda started working as a freelance writer. She currently writes articles for both Japanese and U.S. magazines with a focus on interviews. Fukuda is the co-author of Nihon ni umarete (“Born in Japan”) published by Hankyu Communications. Website: https://angeleno.net 

Updated July 2020

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アメリカに移住した被爆日本人女性の記録—カリフォルニア州マリナデルレイ在住の笹森恵子さん—その3

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手術成功後、アメリカで看護婦に

ニューヨークのマウントサイナイ病院で無事に手術を終えた被爆女性たちが日本に帰国する前、彼女たちの滞在費用を集めたジャーナリストのノーマン・カズン ズさんは一人ひとりと面接をした。「帰ったら何をしたいか?」と聞かれた笹森恵子(ささもりしげこ)さんは、「静岡で看護婦になるつもりだ」と答えた。

東大病院で手術を受けた時の医師や看護婦の優しさが印象に残っていたことから、自分も目指そうと決心し、谷本牧師の紹介で静岡県浜松市の病院に見習いで入ることも内定していたのだ。それを聞いたカズンズさんから「それなら、アメリカで挑戦してみないか」と提案された。

「私はもともと計画的に物事を運ぶ方ではありません。谷本先生に病院を紹介されれば深く考えずに従い、アメリカで手術を受けられると言われれば素直に参加 しました。その時 ...

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アメリカに移住した被爆日本人女性の記録—カリフォルニア州マリナデルレイ在住の笹森恵子さん—その2

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アメリカ人養父、ノーマン・カズンズとの出会い

1945年8月6日に広島市内で被爆した笹森恵子(ささもりしげこ)さんは、奇跡的に父親と再会し、家へと戻る。顔から上半身の表にかけて、酷い火傷を負ってしまった恵子さんだったが、下半身は無傷だった。

「前の晩に空襲警報で起こされて、防空壕に行きました。その後、その時に履いていた新しいズボンのまま寝てしまったんです。翌朝、友達が家に迎えに来た時、そのズボンのままだと汚れてしまうと思ったけれど脱ぐのも面倒だったから、さらにその上に古いズボンを履いて出かけました。真夏にズボンを2枚も重ねて履くなんてこと、本当だったらしませんよね。でも、私は偶然重ねていたから、下半身を焼かずに済んだのです ...

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アメリカに移住した被爆日本人女性の記録—カリフォルニア州マリナデルレイ在住の笹森恵子さん—その1

1945年8月6日、13歳の少女に何が起こったのか

日系三世の映画監督スティーブン・オカザキ による2007年製作のドキュメンタリー「White Light, Black Rain(白い光、黒い雨)」の冒頭で、日本の若者たちに質問が突きつけられる。「1945年の8月6日は何が起こった日か知っているか?」というのが、その問いである。

「わからない、歴史には弱いので」と正直に答える人もいれば、「もしかして地震ですか?」と推測で答える人もいる。広島に原子爆弾が落とされた日付はおろか、その史実さえも知らない日本人が多いのが、終戦後62年目の悲しくも厳しい現実なのだ。

ロサンゼルス郊外マリナデルレイに暮らす笹森恵子 ...

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日本文化に夢中:日本の伝統文化を極める“ガイジン”さんに、その魅力を聞くシリーズ

第8回 「茶の心が集中を教えてくれた」 - ブルース・シャーノフさん

半世紀以上にわたってロサンゼルスを拠点にアメリカにお茶を広めてきた裏千家の名誉師範、松本宗静(そうせい)さんには、3000人を超す弟子がいる。医療関連の福祉団体を運営する医師、ブルース・シャーノフさんも、その中の一人である。

京都で魅せられた茶の味

ブルースさんがお茶に出会ったのは、1999年、京都を旅した時だった。

「お寺と日本庭園を徒歩で回るツアーに参加した時に、どこのお寺でもお坊さんが、私たちツアー客にお茶を出してくれたのだが、いれる人によってお茶の味がそれぞれ違うことに感銘を受けた。それまで日本茶を飲んだことはあったが、馥郁とした香り、複雑な味わいを感じたのは初めてのことだった。これは是非、習ってみたいと思った」

ロサンゼルスに戻ってすぐに先生探しを始めたが、お茶の世界に知り合いもなく、インターネットも今ほど充実していなかったため ...

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日本文化に夢中:日本の伝統文化を極める“ガイジン”さんに、その魅力を聞くシリーズ

第7回 「盆栽は大切な家族であり親友」 - メアリーベル・ベランダックさん

盆栽は中国の唐に起原があり、平安時代の日本に伝わり花開いたと言われている。その盆栽が今、アメリカで人気を集めている。アメリカに盆栽を広めた功績者は故ジョン仲 氏。彼は日本で育った幼少時代に祖父から学んだ盆栽を、帰米した後、デモンストレーションや講演の形で人々に伝え続けた。今回、ご紹介するアメリカ人女性は、仲氏の弟子にあたる。

新しい世界が目の前に開けた

オレンジ郡フラトンにあるメアリーベルさんの家の居間には、日本の装飾品が数多く飾られている。彼女が単なる東洋趣味のアメリカ人でないことは、パティオに足を踏み入れた瞬間に分かる。二畳分ほどのスペースに、松や楓の盆栽の鉢が所狭しと配置されているからだ。すべて彼女自身の作品である。

一つ一つについて、「これは1967年から世話をしている盆栽、こっちは1984年」と ...

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