Ryusuke Kawai

ジャーナリスト。慶應大学法学部卒。毎日新聞記者などを経て独立、ノンフィクションを中心に執筆。『大和コロニー「フロリダに日本を残した男たち」』(旬報社)、『「十九の春」を探して』、『122対0の青春』(共に講談社)など著書多数。日系2世の作家、ジョン・オカダ著『No-No Boy』の翻訳を旬報社より出版。『大和コロニー』は、「Yamato Colony: The Pioneers Who Brought Japan to Florida」として、University Press of Floridaより英語版が出版。

(2018年3月 更新)

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「米國日系人百年史」を読み直す~パイオニアたちの記録をたどって

第15回 ワイオミング州の日系人

ワイオミング州というと、日本では西部劇やカウボーイというイメージを思い浮かべるのではないだろうか。かつて「ララミー牧場」というテレビドラマがあり日本でも放映され人気を博したが、このララミーはワイオミング州南東部の端にある。

米国西北部に位置するこの州と日本人、日系人について、「百年史」では、紳士録をあわせて5ページを割いている。

南はコロラドとユタ、北はモンタナ、東はサウスダコタとネブラスカ、そして西はアイダホの各州に接しているワイオミング州は、その多くが山岳地帯だ。週の北西部には名勝イエロー・ストーン国立公園が位置している。

概説からはじまり、この山岳地帯の内陸部の州で、日本人がどのような活動をはじめたかを具体的に記録している。

たとえば、同州の南東端に位置するララミー郡の都市、シャイアン(Cheyenne ...

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「米國日系人百年史」を読み直す~パイオニアたちの記録をたどって

第14回 ワシントン州の日系人~その2

第13回 ワシントン州の日系人~その1を読む >>

戦後のシアトルと日系人  

戦後のワシントン州の日系人の活動について、「百年史」はわずか3ページだが力を込めて書いている。とくにシアトルの日本人、日系人の復興についてホテル業など戦前の事業の復活や新規事業を立ち上げて勢いづくありさまがわかる。それらをまとめると――

かつて日系人の商業区域だったが、戦時中は黒人が集まっていた「メーン街と南六街角」は、戦後は日系人によって買収されていき、再び日系人の領域となり、さらに、その範囲は周囲に広がっていった。

帰還してきた日系人は1947年末までに4,700人だったのが、翌48年末には、約5,500人に増加し、もう少しで戦前の数に戻るところだった。

就職面における一世から二世への世代交代や女性が働くようになったことが新たな動きとしてみられた ...

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「米國日系人百年史」を読み直す~パイオニアたちの記録をたどって

第13回 ワシントン州の日系人~その1

日本からの航路ができ、いわば移民の玄関口となったシアトルやタコマという都市を抱えるワシントン州。当然日本人、日系人の歴史は古い。

「米國日系人百年史」では、42ページを割いてワシントン州の日系人を紹介している。まず概説からはじまり、「日本人発展経路」と題して、ワシントン州からはじまった日本人の活動の経緯を説明する。

つづいて、第一節「戦前の日本人状態」を産業、教育、団体、排日問題などの点から解説している。シアトル、タコマほか州内の各地方に分散している日本人の活動についてもふれている。

以下、その内容で気になるところを要約して紹介したい。


シアトル、タコマに日本からの定期航路が
 

1880年の米国国勢調査では ...

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「米國日系人百年史」を読み直す~パイオニアたちの記録をたどって

第12回 アイダホ州の日系人

日本人は鉄道労働から

東がモンタナ州、西がワシントン州とオレゴン州に接するアイダホ州は、西部開拓によって鉱山業からはじまりその後鉄道業が盛んになった地域である。また、高原地帯は一大農業地帯でもあった。

「百年史」によれば、アイダホ州の日本人の歴史は、まず鉄道労働からはじまったことが詳しくわかる。

アイダホ州に日本人が最初に足を踏み入れたのは、1891(明治24)年で、当時UP(ユニオン・パシフィック)鉄道の一部として建設中のオレゴン・ショートライン鉄道のハンチングトン=グレンジャー間に、はじめて日本人労働者がナンパに送りこまれたときである。

ところが、これよりも以前に日本人の影はあったという。それは女性だった。

「一八八五年ごろより一八九〇年代にかけ ...

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「米國日系人百年史」を読み直す~パイオニアたちの記録をたどって

第11回 オレゴン州の日系人~その2

第10回 オレゴン州の日系人~その1を読む>>

カリフォルニア州とワシントン州の間に位置するオレゴン州。漢字では央州とも記すオレゴン州の日本人移民もまた、白人社会からの排日運動や攻撃を受けてきた。「百年史」では、排日の歴史を時代をわけてまとめている。概要は以下のとおりである。

初期の動きとしては、1910年に日本人による農業が盛んだったフッドリバー地方でアジア人排斥協会が設立され、新聞や演説で排日運動が展開された。排日関係の法案も州議会に提出され、最終的には議決された。


トレド市で、排日暴動事件
 

1925年には太平洋岸のトレド(Toredo)市で排日の暴力的な一大事件が起きた。

「二〇〇名に及ぶ暴徒は米国旗を先頭に押立て央州トレド市太平洋スプルース製材会社工場に勤労中の邦人キャンプを襲い、予め不穏の挙のある事を察知し会社より配置した五名の護衛人に重軽傷をおわせ、狂暴の一団は屋内に乱入し、日本人に即時退去を強請し、自動車に乗せ ...

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