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「加藤新一」で検索してみると
アメリカ本土への日系移民の足跡を取材し、「米國日系人百年史」にまとめた加藤新一が、全米を単独で車で走り回ったことはわかったが、詳しい旅の内容はこの本のあとがきではわからなかった。彼がほかに書いたものはないだろうか。そう考えてまずあたったのが、インターネットだ。
加藤新一という名前と「百年史」など関連する言葉をもとに、検索してみると、彼には「アメリカ移民百年史」という上中下3冊にわたる著作が別にあることがわかった。「百年史」出版の翌年の1962年に時事通信社から時事新書シリーズの一つとして出版されている。
すでに絶版となって久しいこの新書は、大きな図書館や古書店にいくつかあることがわかったが、まずは国会図書館で現物にあたってみた。内容は「百年史」とほぼ同じだが ...
いまや世界中いたるとことろで日本人が暮らしていることを私たちは知っている。それでもテレビ番組などで、こうした移民や移住者のことを見聞きするにつけ「どうしてこんなところに日本人が」、「なぜこの人はそこにいるのだろう」という素朴な疑問と驚きを覚えることがある。
私の場合、かつてアメリカのフロリダにあった日本人のコロニー(村)と、そこに集まった人たちについて知ったときが、そうした最初の例だった。1990年代のことである。カリフォルニアなど太平洋岸には日本人が移民し、多くの日系人がいることは誰もが知るところだが、アメリカでは日本からもっとも離れた大西洋岸の南端のフロリダ州に、明治時代に入植した日本人がいたことは意外というしかなかった。
さらに、コロニーは戦前に解体して、入植者のほとんどが現地を離れるか、日本に帰ってしまうが、最後まで残ったひとりの男が、買い集めた土地を地元に寄付し、それがもとになって南フロリダに立派な日本庭園と博物館ができたという事実には、その裏にいろいろドラマがあったのではないか ...
1960年、全米を自動車で駆けめぐり日本人移民一世の足跡を訪ねた男がいる。翌年末、その記録を『米國日系人百年史〜発展人士録』(新日米新聞社)にまとめた加藤新一(当時61歳)である。広島出身の彼はカリフォルニアへ渡り、太平洋戦争前後は日米で記者となった。自身は原爆の難を逃れながらも弟と妹を失い、晩年は平和運動に邁進した。日米をまたにかけたその精力的な人生行路を追ってみる。
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人の人生を追うむずかしさ
ノンフィクションを書くために、ひとりの人間の一生をたどろうとしたことは、何度もあるが、明治以降に生きた人でも、普通の人の人生を明らかにするのは簡単なことではない。名もない普通の人の人生は、本人や家族が亡くなってしまい代が変わると、意外にわからない。
田舎の旧家のように代々同じところに住み続け ...