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世界のなかの日本と世界

フロリダと天橋立~ヤマトコロニー先導者と丹後ちりめん - その1

明治時代にアメリカの南東部にあるフロリダ州に農業移民としてわたった人たちの歴史と、その地が現在モリカミ・ミュージアムという立派な博物館と日本庭園 に姿を変えていることを、過去2回にわたって紹介してきた。(参照:「フロリダの日本庭園とコスプレ」、「フロリダと天橋立」)

この移民たちの入植地はヤマトコロニーと名付けられ、コロニーに通じる道はこれにちなんでYamato Road(ヤマトロード)と名付けられた。フロリダという日本人にはなじみのない場所に、このユニークなコロニーができたきっかけをつくったのが、酒井襄(もともとは醸だった)と奥平昌国という二人だった。

ニューヨークに留学中の二人が、フロリダで農業移民として日本人を求めていることを知り、それぞれの郷里である京都の宮津、大分などで入植を呼びかけたのである。この当時ニューヨークに留学していたくらいだから、さぞこの二人はそれなりの家柄や経歴の持ち主だと想像されるが、事実、奥平昌国氏は、九州中津藩の藩主だった奥平家を継いだ奥平昌恭氏の弟であることがわかっている。

しかし、酒井氏については、アメリカに残された資料などによると、宮津出身で同志社を出てニューヨークに留学したということぐらいしかわからなかった。彼がきっかけとなってフロリダのデルレイ・ビーチ市と宮津市が姉妹都市関係にあるのに、どういう出自かといったことが宮津市でも把握されていなかった。同市の郷土史やかつての宮津藩の記録などにもあたったが、酒井襄氏あるいは酒井家についてはなんらの記載も発見できなかった。また、宮津に隣接する旧峰山町(現・京丹後市)など丹後半島の各地からもアメリカにわたった人がいたので、京丹後市にも問い合わせたのだがわからなかった。

検索、おそるべし

これが今年6月末の時点での結論で、酒井襄については「わからない」ということを本誌で書き、いずれ別のルートで調べてみようと思っていた。しかし、それから1ヵ月ほどして読者からメールが届いた。送り主は、なんと「酒井襄は私の親戚筋に当たります」という方で、酒井協というお名前だった。

酒井協氏によれば、かつて士族であった酒井家のルーツに興味をもっていた協氏の家族が、インターネットで「宮津藩酒井家」という言葉で検索したところ、本誌の記事「フロリダと天橋立」に行きあたったという。これはまさに検索の力というしかない。ウェブ上の検索だからこそ、本誌のような小さな媒体でも、引っかかってくるわけである。これがもし、紙の媒体であったら関係者の目に触れる確率は極めて低いだろう。

協氏からのメールにあったこのほかの内容を要約すると、酒井襄の名前は「かもす」と読むらしく、酒井襄氏の祖父と協氏の祖父が兄弟ということだった。また、協氏の長姉の酒井隆子さんは、以前二度にわたってモリカミ・ミュージアムを訪れたことがあり、その後、いまから25年ほど前には、宮津市役所を訪れたことがあったという。どうやら市役所内にその記録が残っていなかったため同市では酒井襄氏についてわからないままになっていたようだ。

また、酒井家については、「宮津藩の酒井家は宮津藩最後の城主として松平(本庄)家が浜松より来た時に、一緒に浜松から宮津へ来ております。これは小さい頃から両親に聞いていたのと調べが一致します。酒井家と松平家は親戚関係にあり、酒井忠次は家康の父の松平家に仕えて来ており、この本家は出羽庄内藩主となっています。紋所は京都の酒井家と同じ丸にカタバミです」と、メールに書かれていた。

商社勤めで長年中国に滞在していた経験をもつ酒井協氏はすでにほぼリタイアしていたが、週に何日か千葉県内の自宅から仕事で都心に出てきていたので、私はさっそく連絡をとり、直接会うことになった。そして、酒井襄氏をとりまく酒井家の家系図や宮津のお寺にあるお墓の写真などをみせてもらうと同時に、より詳しい歴史を知っているという隆子さんを紹介してもらった。

その2>>

*本稿は、時事的な問題や日々の話題と新書を関連づけた記事や、毎月のベストセラー、新刊の批評コラムなど新書に関する情報を掲載する連想出版Webマガジン「風」(2010年9月30日号)からの転載です。 

© 2010 Association Press and Ryusuke Kawai

florida jo sakai yamato colony

About this series

咸臨丸がアメリカに渡ってから150年、日本が近代社会へ移行してからいままで、多くの日本人が世界でその足跡を刻んできた。日本の遺産を引き継ぎながら、もうひとつの国や文化を受け入れて生きる。国家という枠組みを超えて日本とつながりをもつ人たちの世界をアメリカを中心に追い、日本人とはなにか、アイデンティティとはなにかを考える。

*この連載は、時事的な問題や日々の話題と新書を関連づけた記事や、毎月のベストセラー、新刊の批評コラムなど新書に関する情報を掲載する連想出版Webマガジン「風」 からの転載です。