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南米の日系人、日本のラティーノ日系人

「コラボラドーレス会議2018」とブラジル地方の日系社会訪問

2018年8月末、厚生労働省の招へいでブラジルのサンパウロで開催された「コラボラドーレス会議:現代の日本〜在日ブラジル人の日本社会への統合」という国際シンポジウムに出席する機会を得た。私はこの会議に参加するのを機に、地方の日系コミュニティも訪問した。

「コラボラドーレス会議」は、日本政府が1990年代に設置したブラジル人日系就労者をサポートするために設立されたCIATE1(国外就労者情報援護センター)が毎年企画している会合である。ブラジル人やペルー人が就労目的で来日し始めてから30年、現在日本に在留しているブラジル人は19万人、ペルー人は4万8千人で、そのほとんどがすでに定住している。しかし、他の国の日系人より日本社会への統合があまりスムーズでないケースもあり、未就学になっている子弟や低い高校進学率という教育問題が指摘されている。そのため、今回は特に日本各地の集住地区に在住しているブラジル人の社会統合が十分でないという問題意識からのシンポジウムであった。

この会合には著名な専門家やブラジル外務省の高官、元就労者、日本からは田畑一雄厚生労働省大臣官房審議官(職業安定担当)が出席した。私は、2日目の26日午後に「在日日系人の日本社会との関わり」というテーマで講演し、グラフや画像を交えて、次のことを発表した。

  • いかなる在留資格の外国人も日本社会との関わりを深めることによって、発展の可能性を高め、リスクを緩和し、防御策を強化することができる。自ら閉鎖的なコミュニティーを築いたり、いつまでも劣等感で悩んでいると、せっかくのチャンスもプラスにならない。

  • 労働市場内での競争が激化しているため、社会統合が急がれる。実際、留学生、技能実習生、そして特定技能で就労している外国人労働者は60万人を超えており、ここ数年でさらに30万人は増えると予測されている。

  • アジアから来ている就労者は、本国での賃金は南米のよりも低いため、日本での滞在が長期化し、あまり迷わず現実的な人生設計をする傾向にある。また、社会統合によって貢献度を高め、ボテンシャルのある人材と認識されるように努力すべきである。

  • AI(人工知能)の導入などで、日本の工場や一般の職場も大きく変化してきており、製造業やサービス業、商業の仕組みも変わってきている。そうした中、多様性や異文化という要素を評価してもらうために、外国人は自らアピールする必要がある。また、違いに対する誤解や偏見を乗り越えて、良き隣人・良き地域住民になることで新たな可能性が生まれるだろう。

サンパウロ滞在中は御一行の日程に従って、日系人の医師や経営者が中心に運営している近代的なサンタクルス病院や、市内から車で南西170キロに位置する「福井村」として知られているコロニア・ピニャール(Colonia Pinhal)2を見学した。その他、市内にあるジャパン・ハウスで働く教え子や国際交流基金にいる友人らを訪ね有意義な時間を過ごした。また、外務省招へい者OB会のメンバーとも懇談する場も設けてもらい、世代を超えた率直な意見交換をすることができた。

ブラジルでの訪問先地図、CIATEシンポジウム、ジャパンハウス、外務省研修生OB会との懇談、駐サンパウロ日本総領事館の野口総領事主催の夕食会

その後は、首都ブラジリアに飛び、元研修生に会うだけではなく、駐ブラジル日本国の山田大使のはからいで中央官庁や政界、メディアなどに関わっている有力な日系人と大使公邸で懇談した。ここでも、外務省中南米局の日系人に対する有識懇談会の報告内容について概要を説明させてもらった(報告書は、2017年5月に政府に提出されたのである3)。余談ではあるが、山田大使は今までも何度か私の意見を聞いてくださり、中南米局長時代から日系人を日本の支援から連携の対象にする必要性を強調していた人である。

また、2018年に外務省招へいで来日したブラジル議会で議員のアドバイザーを務めている日系のクラリス青砥さんの案内で議会内や関係機関を見学し、ブラジリア郊外にある日系農家の集落やイチゴフェスティバルが開催される施設を案内してくれた。

現在、首都ブラジリア及ぼその周辺には7〜8千人の日系人が居住しているとされているが、1960年に首都が移転されたとき、農業開発のために南部パラナ州等に定着していた日系人もこのブラジリアへの転住が奨励されたという。当時二世や三世の医師や建築家、各専門分野のエンジニアも転住したとされ、一部の日系人は契約終了後もそのまま新首都に残ったとされている。今は市内というより、ブラジリア郊外の衛星都市に住んでいる日系人が多いようだ。とはいえ、市内には、日本語学校や日本人会、とても美味しい和食レストランもある。昨年JICAの交流プログラムで来日した日系大学生のカリーナ山西さんとも再会し、母親が経営している「柚子庵4」で美味しい数々の料理を堪能しながら他の日系人とも懇談することができた。

首都ブラジリアでの山田大使主催の有力日系人懇談会。JICAの齋藤所長(当時)、モランゴ(イチゴ)フェスティバル、柚子庵での元研修生や外務省招へい者との夕食

3日間の滞在を終えて、ブラジル西部ボリビアに近いロンドニア(Rondonia)州5のポルトベーリョ(Porto Velho、古い港という意味)に行った。首都ブラジリアから飛行機で約3時間、アマゾン川の支流マデイラ河の上流に面する亜熱帯地域に属する都市である。ここは1954年にアマゾニアの戦後入植の一環として29世帯の日本人がゴムの樹木栽培のためにやってきた経緯がある。原生林を開墾し、いろいろな作物が栽培できるよう畑を耕した。さらには養鶏や養豚、胡椒栽培、果樹園、牧畜などを行い事業を拡大してこの地域の繁栄に貢献した功績がある。次第に他の都市や移住地に転住する人も出てきたため、今では数世帯の日系人しか住んでいない。

現在の日本人会会長はアルゼンチンの日系二世でブラジル日系三世の医師と結婚したマリエラ玉田さんである。彼女とは、以前JICAの研修員として来日していた時に知り合った。私はいつかポルトベーリョを訪問したいと思っており、今回それがやっと実現できたのである。日系人が少ないとはいえ、多くの非日系人が日本の漫画やアニメ等に関心を持っているので、日本語学校もある。また、私が訪れた時、日本人会の盆踊りが開催されていたのでそれにも顔を出した。JICAの日系社会青年協力隊も一人派遣されており、とても興味深い小規模日系コミュニティーを垣間見ることができた。

ロンドニア州のポルトベーリョ、日本語学校と日本人会での盆踊り、田辺さんとの出会い

その後、私はサンパウロ郊外で日系人が1万5千人もいるスザーノ市を訪問した。その周辺には幾つかの自治体があり、どの地域にも数何万人単位で日系人が住んでいる。「文協スザーノ」という立派な日本人会があり、いくつかの日本語学校や大きな総合施設アシアス・ニッケイ(Aceas Nikkey)、さらにはイペランディアホーム(Iperlandia Home)という高度に完備された老人ホームがあることにも驚いた。一日でほぼすべての日系コミュニティー内の施設を見学したが、かなり大きなコミュニティであることがわかった6

市長のロドリーゴ・アシウチさんは日系三世であり、市役所幹部には数人の日系人がいる。中でも保健衛生局長で今年の役員総会で文協スザーノの会長に就任したレイナルド勝亦氏は、もっとも活発な日系リーダーである。彼は、2018年にJICAの研修員として「日本文化活動コーディネーター育成」プログラムにも参加した。 

スザーノ市は、日系人が多く居住しているだけではなく、日本の企業も進出している商業・工業都市である。スザーノへの初期の日本人移住者は、仲村善三郎さんをはじめとする1908年に笠戸丸での到着から数年後にこの地にに転住した人たちで、市の墓地には彼らの経緯が墓石に刻まれている。大理石の墓や納骨堂が多く、かなり裕福で成功した日本人が多いことを物語っている。

サンパウロ州スザーノ市、副市長への表敬訪問、日系諸団体の訪問、元JICA研修生のマユミ福盛さんとレイナアルド勝亦さん

今回訪れたポルトベーリョとスザーノのコミュニティは対照的でとても興味深い。別の機会にもっと詳しく寄稿するとしよう。

今回のブラジル出張は、サンパウロからはじまり、ブラジリア、ポルトベーリョ、カンピーナス、スザーノで終わり、この国の広大さを改めて実感させられた。日系社会も非常に多様で、入植または転住の経緯によってその後の発展が異なり、それぞれが独自のコミュニティを発展させている。サンパウロ市内にある東洋街「リベルダージ」はブラジルの日系社会の代表とも思われがちだが、今や日系人より中国人商人のプレゼンスの存在が圧倒的に多く、ここだけではとてもブラジルの日系社会のことは理解できない。

コラボラドーレス会議に出席できたことを光栄に思い、今後もこのとてつもない国の多様性と底力を理解していきたいと意識させられたブラジル訪問である。

注釈:

1. CIATE(国外就労者情報援護センター):ブラジルサンパウロ市。 現理事長は、サンパウロ大学の教授二宮正人先生である。

2. サンパウロ州のサンミゲル・アルカンジョ市にあり、この移住地は1962年にJICAと福井県によって発足された。日本語モデル校も存在し、子弟の日本語教育や和太鼓グループのレベルはとても高位という評判である。2015年には、福井県出身の演歌歌手五木ひろしさんが訪問している。

3. 外務省「中南米日系社会との連携に関する有識者懇談会」の会合や最終報告の内容が掲載されている。私は、3回目の会合で現在の日系社会の変化や次世代の思惑など、これまでとは違った認識が必要だと強調した。

4. 「柚子庵 - yuzu-an -」オーナーシェフのアリス山西さんは、以前JICA研修員として来日しており和食料理などについてもこの日本で研修を受けている。

5. 1988年の憲法で正式に州と認められた。その前はグアポレー(Guaporé)連邦直轄領であった。

6. 文協スザーノの現会長は、2年前JICA研修員として来日したレイナルド勝亦氏であり、彼は市の保健衛生局長でありながら日系社会でも活発な活動を行っている。余談であるが、現スザーノ市の市長は日系人のロドリーゴ・アシウチ氏である。2019年に、この市長は次世代の日系リーダーとして外務省招聘の事業で来日している。

 

© 2020 Alberto J. Matsumoto

Brazil CIATE Colaboradores simposium Colonia Pinhal Porto Velho Rondonia sao paulo Suzano

About this series

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。