Select a primary language to get the most out of our Journal pages:
English 日本語 Español Português

We have made a lot of improvements to our Journal section pages. Please send your feedback to editor@DiscoverNikkei.org!

アメリカに残る人々が日本に引き揚げない理由

子どもの存在、医療、言葉

移住したアメリカから日本に引き揚げた人々に話を聞き、さらに一度は日本に帰国したが改めてアメリカに戻ってきた人の回に続き、アメリカを終の住処と決めた人々にも彼らの決断について聞かせてもらった。

在米50年になる70代男性Tさん。アメリカで語学を勉強し、日本に戻ったら映画評論家になろうと思っていたと話す。しかし、渡米3年目、父親が亡くなった。「母親はすでに私がアメリカに渡る前に亡くなっていたので、親がいない日本にもう戻る理由はないという気持ちになりました。そこで勤め先にスポンサーをしてもらいグリーンカードを取得し、結婚をして、子どもが3人生まれました。若い頃は日本に帰りたいだとか深く考えることはなかったですね。それよりも子どもたちの教育にとって、日本がいいのか、それともアメリカがいいのかと考えたら、それはもう受験一辺倒の日本ではなく、自由なアメリカがいいという結論に至りました」。

年齢を重ねた後も、日本に帰ろうという気持ちが一度もよぎることはなかったのだろうか。「日本人がアメリカから日本に引き揚げるどうかを決める際の要因は3つあります。1つは子どもがいるかどうか。2つ目は医療や保険の問題。3つ目は言葉です。子どもに関しては、私たちの場合、子どもたち自身もアメリカでの生活を選択しました。医療の面では、私たちは65歳以上になってメディケア(政府による医療保険制度)と、サプリメンタルの保険に加入しているおかげで自己負担額を抑えることができています。医療費が高いと言っているのは、おそらく安価な日本の費用と比較しているか、もしくは薬を継続的に服用する必要がある人だと思います。薬はほとんど保険でカバーされませんから。次に言葉の問題に関しては、アメリカ生活が長くても、ドクターに細かい症状を英語で説明することは難しいです。それでも最近はほとんどの医療施設で通訳サービスを受けられるので助かっています」。

つまり、Tさんの場合、アメリカで老後を過ごすには特に大きな障害はないということだ。「ただ、家内がもし先に死んでしまったらどうなるだろうと考えることはあります。子どもたちの世話になるわけにはいかないので、日本に帰るかも? いや、その時は私の兄弟も皆いなくなっているだろうから、やはり日本に帰らないだろうな、と思います」。

続いてTさんの妻のSさんにも話を聞いた。彼女の考えはさらに明快だった。「日本への未練は一切ありません。日本に住みたいとも思わない。私は50年前にアメリカに来ました。その時に自由なアメリカの良さにすぐに魅せられました。こういう素晴らしい場所があったんだと感動しました。私は日本の地方の出身なので、子どもの頃からいつも隣近所の人に見られているという窮屈さを感じていましたから。また、母親の違う弟がいて、彼が家のことを面倒を見るという約束で渡米したので、日本に帰らなければいけないということもありませんでした。今では、ここでの暮らしが当たり前になりました。ただ、アメリカ生活で困ることと言えば、アメリカ人と同じようには英語を話せないということです。それでも文化サークルに通ってお仲間と交流したりすることで、少しは自分も輪の中に入っていると実感できます」。

夫妻は20年前にアメリカの市民権も取得した。その時に心の中で大きな区切りが付いたのだとSさんは振り返った。


望郷の念に勝るもの

次に「アメリカに残る理由」を聞かせてくれたのは25年の付き合いのある専門職の女性、Aさん。Aさんが語学留学を目的にアメリカにやってきたのは1973年。「英語を勉強したら日本に帰ろうと思っていましたが、ここでアメリカ人男性と結婚して、子どもも2人生まれました。でも、数年後、今から40年前に離婚したんです。その時、子どもたちを連れて帰国するということになりませんでした。まず、夫とは別れたけれど、近くに住む彼の家族にとても良くしてもらっていたこと、日本に子連れで帰っても、当時の日本ではきっと仕事も見つからないだろうと思ったからです。子どもたちは最初、日本語学校にも通わせましたが、シングルマザーで仕事が忙しく、彼らを土曜の朝に学校に連れて行く体力と気力が私自身になくて、結局、日本語は習得できませんでした。今になって思えば母親としての努力が足りなかったのだと反省しています」。

日本の母親が存命中は、子どもたちの手が離れたこともあり、帰国しようと思ったとも話す。「でも、私一人で母の世話をすることは難しいと躊躇してしまい、帰国に至りませんでした。母は6年前に91歳で亡くなりました。母が元気な時は一緒に旅行を楽しんだりしたのに、母が助けを必要とした時に自分本位な考えをしてしまったことが、今となっては悔やまれます。また、日本帰国の計画を同じ年代の友人に話すと、言われたのは『なぜ子どもたちが近くにいるのに日本に帰る必要があるの? 日本に帰ったら一人ぼっちになってしまうじゃない』という言葉でした。私は子どもたちと近所に住んでいて、足を怪我した時も彼らの世話になりました。友人は、そういう恵まれた環境なのに一人で帰国するのはおかしい、と」。

帰国を迷っていた時、子どもたちに話したこともあったそうだが、彼らは本気にはしていなかったようだとAさん。「息子と娘は、私にとってベストフレンドです。一緒にショッピングに行ったり、お料理をしたり、食事をしたりすることが私の一番の幸せなんです」。

前出のTさんは、アメリカ残留か日本帰国かを決める要因を3つ挙げた。メディケアの受給で医療費の心配はなく、専門職として英語も日本語同様に使い、さらに子どもたちと過ごす時間が一番の幸せと話すAさんに、日本帰国の理由は見当たらないようだ。ただ、最後に日本で恋しいものについての質問に、次のように答えた。

「古き良き日本が忘れられません。田んぼ、季節の花々、雨、よもぎ餅を作るためにヨモギの葉を摘みに行ったり、干し柿を吊るしたり、掘り立ての筍をいただいたり。こんな細かいことが懐かしくてたまりません」。それでも日本への望郷の念は、子どもたちと過ごす時間には代えられないのだ。

 

© 2020 Keiko Fukuda

japanese american migration Shin-Issei United States