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シアトル・宇和島屋物語 ~ The Uwajimaya Story

第9回 だんだん畑の集落から大志をもって

四国・愛媛県の西部、宇和海に面した八幡浜市。南北に走る国道378号を南に下っていくと、やがて西に折れて、その行きつく先が小さな舌間湾になる。ここで国道は海岸線に沿ってカーブを描きながら南へとつづく。

右手には穏やかな宇和海が見え隠れし、左手には家が立ち並んでいるが、その裏手はすぐに斜面になっていてだんだん畑が広がっている。のどかな海と山の間をゆくこの道は、近年サイクリングロードとしても人気があるようだ。 

愛媛といえばみかんだが、だんだん畑のなかには山の上まで農道が走り、収穫したみかんを運ぶためのモノレールが敷かれている。大きな建物は、出荷する大量のみかんを集める「共同選果場」だ。海に目を移せば、鯛やかんぱちなど養殖がさかんでいけすの“仕掛け”があちこちに見られる。

このあたりが、旧西宇和郡の川上村、真穴村で、かつて打瀬船で太平洋をわたった男たちを送り出しすなど、明治・大正期に多くの移民を送り出した地域である。宇和島屋の創業者、森口富士松もその一人である。


海を眺めアメリカに思いを?

国道378号が小さく山側にコの字を描いた入り込んだところに、旧川上村(現在の八幡浜市川上町)の川名津という集落がある。舌間方面から行けば、国道から細い道にそれると集落のなかに入っていくが、まもなくして左に折れると坂の昇り口に天満神社がある。

堯範寺(八幡浜市川上町川名津)  

さらにそのすぐ奥に堯範寺という臨済宗の寺がたっている。ここが森口家の菩提寺であり、すぐ近くにかつて富士松が暮らした森口の家があった。いまでは当時の姿はないが、同じ場所で富士松の姪夫婦が森口の名を受け継いで暮らしている。

300ほどの檀家を抱える堯範寺の墓地は、寺の裏の斜面にだんだん畑のように広がり、上から下まで列をつくって墓石が所狭しと並んでいる。森口家の墓もその一画にある。富士松の森口家は分家にあたるということで、いわゆる本家の森口の墓も近くに立っている。 

墓地の上の方まであがっていき振り返ると、川名津の集落とそのさきの海を見下ろすことができる。角度を変えて見れば、同じようなだんだん畑ばかりだ。おそらく明治時代に入ってから多くの人が、こうした場所に立って海を見てなにかを思っていたのだろう。

堯範寺住職の宇都宮大隆さんは、昔この地にいた人に思いをはせてこう言う。

「海のはるかその先になにがあるのかと思い、見ていた人は多かったのではないでしょうか。恐怖心もあったでしょうが、好奇心の方が強く、だからこの地域の人がかつて小さな船で太平洋を渡っていたのでしょう」

かつては芋畑だったところが、みかん畑にかわっていったこのあたりでは、みかん栽培が盛んで、堯範寺の檀家もまたみかん農家が多いという。しかし、その一方でかつてこの地を出て遠くアメリカにいった親族が、たまにお墓参りにやってくることがある。

「アメリカの日系三世や四世の人がお参りしていることがあります」と、宇都宮さんは話す。

堯範寺の墓地から海を見下ろす  


大きな商売がしてみたい

しかし、アメリカへ移民した日本人は、代もかわると日本とのつながりが途絶えてしまっているのが普通のようだ。その割合はわからないが、自分のルーツのはっきりとした場所がどこなのかを知らい人も多いようで、日本の親せきと交流を持っている人は少ない。

そこへいくと、森口家は、富士松の次男で二世のトミオ・モリグチ(宇和島屋前会長)はじめ、二世が日本の親族との交流を保っている。そのひとり、松山市に住むトミオの従妹にあたる長谷川純子(76)は、伯父の富士松のことをこう思い出す。

「よく聞いた話では、富士松さんは、こんなところにいて百姓しているより、とにかく大きな商売がしたいって言ってたようです。でも富士松さんは長男だったのに飛び出してしまったから、家のあとをついだ長女のカメさんには頭が上がらなかったようです」

(敬称略)

 

© Ryusuke Kawai

ehime Fujimatsu Moriguchi Moriguchi Family uwajimaya yawatahama

About this series

アメリカ・ワシントン州シアトルを拠点に店舗を展開、いまや知らない人はいない食品スーパーマーケットの「Uwajimaya(宇和島屋)」。1928(昭和3)年に家族経営の小さな店としてはじまり2018年には創業90周年を迎える。かつてあった多くの日系の商店が時代とともに姿を消してきたなかで、モリグチ・ファミリーの結束によって継続、発展してきたその歴史と秘訣を探る。

*毎月第2・4金曜日に掲載予定です。