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日系アメリカ文学を読む

第3回『マンザナールよ さらば』

マンザナールとは、日米開戦後に日系人を隔離するためにつくられた全米10ヵ所の収容所の一つである。そこは、カリフォルニア州の東部、西にシエラネヴァダ山脈が迫る荒涼とした地だった。

『マンザナールよさらば‐強制収容された日系少女の心の記録』は、この収容所で3年半を家族とともに過ごした少女の目を通した、収容所の生活を中心とした、日系人としての戦中・戦後の記録(ノンフィクション)である。

原題は「Farewell to Manzanar」で、1973年にアメリカ、カナダで同時出版され、その2年後に日本で「現代史研究会」から権寧(ごん・ねい)の訳により出版された。著者はジャンヌ・ワカツキ・ヒューストンとジェームズ・D・ヒューストン(Jeanne Wakatsuki Houston & James. D. Houston)の夫妻となっているが、内容は、ジャンヌの少女時代の体験と心模様をつづったものである。

印象的なのは、収容所生活の記録だけではなく、戦争が終わってからも、日系人の少女が差別や偏見を受けながら成長していき、人種や国家や家族と自分との関係をみつめ、その原体験でもあるマンザナールとはなにかを問う点だ。

さらに、広島出身の父親の過去や、そのルーツである日本の親戚に、戦後息子(少女の兄)が会いに行ったことが語られている。日系人作家の記録として、アメリカ国内の話に収束せず、海の向こうのルーツと交わるところは珍しく、そのシーンの巧みな描写とともに心に残る。

日本人移民一世の父親とアメリカ生まれの日本人の母親の間に生まれた彼女は、家族とともにこの収容所に入り、7歳から11歳まで3年半の少女時代をここで過ごした。開戦後、二隻の船をもつ漁師をしていた父親は、日本軍との交信などを疑われ、FBIに逮捕・連行され、フォート・リンカーンに収容される。そして残された母と子どもたちはマンザナールに収容された。

砂塵が隙間から入り込む劣悪な建物、すし詰めの寝床。汚物があふれるほどの便所は、プライバシーがないばかりか、それでも並んで待たなければならない。こうした環境を少しずつ変えていこういう人びとの努力や、慣れてくると日本風の庭園をつくるなど、少しでも心休めるものを作り出していこうとする大人たちの姿を少女は見ていた。

やがて収容所は、「独自の論理と生活様式を備えたひとつの世界になっていった」という。学校、教会、消防隊などが整い、美容院やテニス・コートなどもある「小さな町」のようになり、ダンス・バンドを楽しむこともできた。

とは言っても、制約の中での自由であり、また、その自由に慣れる一方で、戦争で日系人がフェンスの外ではどう扱われるかわからないという不安をしのぐという、消極的な自由を甘受しているという複雑な心境ではあった。

やがて、父はマンザナールへ合流するが、毅然として頼りがいのあった以前の父とは違っていた。広島から移民してきた父はプライドが高く、日本的な家父長だった。だが、無力を感じたのか酒に浸り、ときに暴力もふるった。その父は、収容所内で、反米的な動きが発生し暴動にまで発展すると、アメリカ寄りの「イヌ」だと陰口をたたかれる。

国は収容所内の人間から志願兵を募るため、国家への忠誠を誓うか、という質問をする。父は国籍も日本だが、これから先アメリカで生きていくしかないとわかっているのた。また、もし忠誠を誓わなかったら日本へ送り返されてしまうと危惧し、仕方なく「イエス」と答えることにする。

だが、息子が「イエス」と言って志願することには反対する。戦うこと自体の無意味さを感じる父は、反米を説く収容所内の同胞との激しいやりとりの中で消耗し、涙を流し「君が代」を口ずさむ。この時の歌を著者は、「これは、諺とも、忍耐し抜くという個人的な信条とも読み取れる、愛国の歌」だったと言い表す。

戦争が終わり、少女たち一家は収容所を出るが、少女は成長するとともに周りが見つめる自分というものをアメリカ社会の中で自覚していく。少女の心の中はこうだ。

「彼らはわたしを見るのではなかった。目尻の吊りあがった顔、つまりは東洋人を見るのだ。これがある程度、日本人全部を強制退去させたことの説明となる。個人を個人として見なくなってはじめて、11万もの人びとを追放することが可能になるだ」

この言葉からは、昨今世界に広まりつつある、テロを恐れるあまり個人を見ずに「イスラム教徒」といった括り方で人間を見ることの危うさを今感じる。

少女は差別される側として、自分の存在を消したいと思う一方で、普通のアメリカ人になりたいという思いが頭をもたげる。こうした心理的な葛藤を経て大人になっていき、やがて収容所のことは触れたくないこととなる。

だが、マンザナールから30年を経て、かつての少女は三人の子どもを連れてマンザナールを訪れる。ここからは本書が書かれた時代の著者の視点となる。著者は、自分の生涯がマンザナールで始まったことを自覚し、自分にとってのこの場所の意味を知ったことで、ようやく「さらば、マンザナール」と言うことができた。

戦時中の収容所の記録であり、また、アメリカの異邦人として成長してきた、少女の心の繊細な記録として、本書は、味わい深い優れた文学的なノンフィクションである。

(敬称略)

 

© 2017 Ryusuke Kawai

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About this series

日系アメリカ人による小説をはじめ、日系アメリカ社会を捉えた作品、あるいは日本人による日系アメリカを舞台にした作品など、日本とアメリカを交差する文学作品を読み、日系の歴史を振り返りながらその魅力や意義を探る。