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「ノーノー・ボーイ」の世界を探る

第22回 これは小説ではない?初版時の評価や反応

「ノーノー・ボーイ」の初版が出版されたのは1957年5月。前年日本は国際連合に加盟し国際社会へ仲間入りし、国内的には高度経済成長へと向かいはじめた。アメリカでは55年にアラバマ州モンゴメリーでのバス・ボイコット事件をきっかけに公民権運動が高まってきていた。

日系社会では、52年のウォルター・マッカラン法によって日本人一世も、すでに市民権を得られるようになっていた。しかし、まだ戦争の記憶は遠くはなかった。

戦前からつづくシアトルの邦人紙、「北米報知」では、ジョン・オカダの「ノーノー・ボーイ」が発刊されたのちの57年6月20日付紙面で、この本について紹介している。伝統ある邦人紙の特色だが、記事は日本語と英語で書かれている。

日本語の記事は、以下のように簡単にまとめている。

「シアトル生まれの二世岡田ジョン氏が、書き下した小説『ノー・ノー・ボーイ』がヴァモント州ラトランド市のチャレス・タトル會社から出版された。勝った組の母をもつ山田一郎が一家と共にキャンプに入れられ兵役を拒否したことから二年の懲役、戦後シアトルの家に帰ってきた時からはじまるが、アメリカ市民として苦悩、親への愛情そしてまた憎しみ、社會に入れられず多くの矛盾と相剋、暗い自己批判と反省の中に光明を求めて周囲の善と●[不明]とを超越する特異かつダイナミックな筆致は當時の日本人社會の動きを背景に描かれている。」

1957年6月20日の北米報知に掲載された記事  

日系紙らしく、著者名を岡田ジョン、主人公を山田一郎と書き、物語が当時のシアトルの日系人社会を背景にしていることに触れている。英語の記事は、これに加えて、物語は日系人コミュニティーの周辺で起きた実際の出来事をもとにしているとしている。


東京の英字新聞でも批評

出版社のチャールズ・E・タトル社は、アメリカ・ヴァ―モント州と東京に拠点をもっていて、「ノーノー・ボーイ」の印刷は東京でされている。出版部数は1500部だが日本でも当時販売されていたようだ。

日系アメリカ人二世が書いた小説ということもあるのだろう、当時の日本で発行されている英字新聞各紙でも書評で紹介されている。日系人作家による徴兵拒否者の戦後の心の葛藤といった特殊な状況に焦点をあて、全体としてはどちらかといえば辛口な批評が目立つ。

「YOMIURI JAPAN NEWS」の1957年5月12日付では、「二世の心中に迫った興味深い洞察」、「日系アメリカ人は、アイデンティティを探し求める、ある種の“ロスト・ジェネレーションだ”」という見出しをつけている。

物語の概要を記し、戦時中に二世のおかれた状況などについてコメントした後で、最後にこう締めくくっている。

「ノーノー・ボーイは傑作ではない。ひとつの興味深い最初の小説である。アプローチの仕方は注目に値するし、日系アメリカ人の内面への独特の洞察がある」

「JAPAN TIMES」の同年5月24日付では、小説としての評価よりもまず、日本にルーツを持つアメリカ生まれのアメリカ人による最初の本格的な小説への取り組みという点で、歴史的な評価をしている。この本が「二世文学の歴史における、明るい未来の広がりを予言している」という。

決して文学としては最高の仲間入りはできないとしているが、歴史的な重要性があると言っている。

「MAINICHI」は、同年6月2日付で、本の紹介として記事を載せている。「“No-No Boy” by John Okada. 308 pages. Charles E. Tuttle, Company, Tokyo, ¥540」とあるところをみると、日本での販売があったことを示唆している。

内容については、物語の中では強烈にある種の主張が繰り返され、話の筋や人物がかすんでしまっていると指摘、そのスタイルは、「俗語交じりの荒々しさやうたい上げるような気高さ、さらにわめくような毒舌や大げさな自己憐憫だ」と批判する。そして、強烈な信念となにかの意義を語った、小説という論文だと位置づける。

この評者は、主人公イチローらの強烈な胸の内が、何かを主張するための言葉と感じ、その激しさにたじろいでいるようでもある。

「Asahi Evening News」の同年6月12日付の本の紹介記事は、この小説がテーマからして日系アメリカ人だから掲げるテーマではないかと指摘する。また、著者(オカダ)はノーノー・ボーイではないが、小説の中でこの問題についてこだわっているということを挙げて、この作品が小説というよりドキュメントであると評している。 

以上のように、当初の批評を見ると、小説ではない。芸術(アート)ではないという見方が目立つようだ。それでは、文学とはなんなのかという問いが逆に出てくる。しかしその問いをもとに議論をすることは、あまり実りあるとは思えないがどうだろう。

 

© 2016 Ryusuke Kawai

john okada literature no-no boy

About this series

太平洋戦争を挟みアメリカで生きた日系アメリカ人二世、ジョン・オカダ(John Okada)が残した小説「ノーノー・ボーイ(No-No Boy)」。1971年に47歳で亡くなった彼の唯一の作品は、戦争を経験した日系アメリカ人ならではの視点でアイデンティティをはじめ家族や国家・民族と個人の在り方などさまざまなテーマを問う。いまも読み継がれるこの小説の世界を探りながらその魅力と意義を探っていく。

* 毎週第2・4金曜日に掲載予定です。