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一世が聞いた曲、日本町を音楽で包む

日系人も世代が変わり、自身のルーツに対する表現方法も変わりつつある。芸術を通じ、先祖が歩んだ道を現代、未来に伝える。四世のポール・キクチさん(37)もその1人だ。

1世紀を超えた日系移民史のなかで残されてきた多くの資料。写真、書類、日記など公式なものからプライベートなものまで、数多くが博物館や関連施設などに保存されている。現在まで研究者たちの調査、あるいは日系団体、個人によるプロジェクトを通じ、さまざまな題材をテーマに日系人の歴史保存活動が続けられてきている。

これまでは出版、ドキュメンタリー、デジタルメディアなどが発表の主流だった。四世、五世世代に差し掛かり、そうした史実保存から一歩進み、芸術など表現方法を変えた形で自身のルーツが表現され始めている。さまざまな分野へキャリアを広げた四世ら新しい世代の試みといえる。

市内大学のArt Institute of Seattleで指導しながら音楽活動も続けるキクチさんは、曽祖父の遺品をもとに自身のルーツをたどるプロジェクトを進めている。ウェブサイトでの資料紹介に加え、中心となるのが音楽制作だ。

「四世世代は自分たちの経験をより芸術方面で表現し始めている実感があります。自然なもので世代の進化といえるかもしれません」とキクチさんは笑みを浮かべる。

曽祖父の善吉さん(1880 - 1965)は岩手出身。農業の見識があり、1900年にカリフォルニア州に移民後、ワシントン州ヤキマへ移り農場を開いた。キクチさん自身に面識はないが、親戚が持つ同氏の回顧録を通しさまざまなことを学んだ。

日本へ帰ることなく、初めて訪れたのは死の数年前、1960年代の高度経済成長期。時代のギャップに触れた様子を含め、同氏が残した200ページに及ぶ回顧録に強い印象を覚えたという。

一緒に残されたのが古い78RPMのSPレコード。日本の曲で1940年代のものだった。キクチさんは時代背景、善吉さんの姿を思い描きながら曲を「再構築」。現代のアレンジを加え、新アルバム『Bat of No Bird Island』として3月末に発表した。同時にウェブサイトも立ち上げ、写真や書類といった善吉さんの資料を紹介、現在は日本に短期滞在してさらなるルーツ調査を進めている。

これまで日系に関連した音楽作りやプロジェクトに関わることはあまりなかったが、『Bat of No Bird Island』を通し、「深い感謝の気持ちがわいてきました」と自身のルーツを振り返る。また今年後半には別プロジェクトを発表する予定で、当地日本町に流れた曲をコミュニティーへ再現する企画を進めている。

「Songs of Nihonmachi」と題するプロジェクトでは、ワシントン州日本文化会館、ウィングルーク博物館などに残る古いレコードから日系人が親しんだ曲を調査、当時の曲、また自身でアレンジした曲をパナマホテル・カフェで紹介する。1920年代、30年代に街中に流れ、耳で親しんだ音楽を通じ、カフェに飾られる当時の写真とともに日系人たちの生活や経験を学ぶ。

パナマホテルは先月に非営利団体「ナショナルトラスト」から国宝の認定を受けるなど、日系社会の歩みを伝える歴史的建物となっている。「カフェで写真で見るだけでなく、(日系人が親しんだ)音楽も聞いてもらいたい」とキクチさん。プロジェクトは11月に完成予定。最低でも2カ月の展示期間を設け、2回ほどコンサートを開く予定だ。

関連プロジェクトはwww.batofnobirdisland.comで見ることができる。

 

* 本稿は、2015年5月28日『北米報知』からの転載になります。

 

© 2015 The North American Post

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