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第十九話 (後編)ナカジマがやって来る!

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思い切って日本行きを決心したナカジマ。2ヵ月前までは、サンパウロの「イタリア人街」でピザ職人として働いていた。妻のマリア・セシリアはレース編みやガーデニングを楽しんで毎日を過ごしていた。

ふたりの人生の転機はマリア・セシリアが初めて口にした言葉からだった。「一度でいいから日本に行ってみたいわ」と。

その瞬間、ナカジマは、母親と兄が2年ほど前から日本に住んでいることを思い出した。当時、兄から電話でそのことを聞いていたが、ナカジマは妻には何にも言っていなかった。と言うのは、イタリア系の妻の両親や親戚は裕福だったので、自分の母親と兄が生活のために日本へ出稼ぎに行っているとは言えなかったのだ。

しかし、今度はちょっと違うと思った。妻が日本に行ってみたいと言うとは意外だったが、喜んで彼女の夢を叶えてあげたかった。二人にとって、初めての海外旅行だったし、もうすぐ迎える銀婚式の記念にもなる。自分はまだ働き盛りだし、とてもいいチャンスだと思った。

日本に着いたのは3月28日、ちょうどサクラが開花する頃だった。空港からの道のりは、珍しい風景ばかりでナカジマはわくわくした。妻は「Que belo!1」と繰り返しながら、うれしそうに窓から景色を眺めていた。

バスが町に着いたのは昼過ぎだった。バス停には、手を振っている母親の姿があった。白いTシャツにオレンジ色のパンツ。母親は若返って見えたので、ナカジマは戸惑った。すると、母親は笑顔で駆けて来て、「なに、ぼおっとしてるの、トミオ!」

母親に「トミオ」と呼ばれるのは何十年ぶりだったか。ナカジマは母親の肩に手を置き「逢えてよかった!本当によかった!」と、泣きそうな顔で母親を抱きしめた。

妻はそれを見て、とても感動していた。気持ちを上手に表現できない大の男でも、母親の元では小さい子どものようになるものだと。

すると、作業服の男性が小型トラックから降りて「こっちだよ!」と叫んだ。ナカジマの兄だった。仕事の合間を縫って迎えに来てくれたのだ。

翌日、ナカジマは8時過ぎに起きて、しばらくぼおっとしていたが、妻は、すでにキッチンで姑を手伝っていた。朝食は特別だった。パン、チーズ、ハム、ケーキ、ジュース、フルーツサラダ。それから、ブラジル人には欠かせない熱くて、甘い、濃いコーヒー。土曜日だったので、夕方には家族全員が集り、歓迎会を開いてくれた。兄は得意の「churrasco2」を振舞ってくれた。

小さな三階建てのアパートに母親と兄の家族が住んでいた。義姉は近くの弁当屋で朝の5時まで働いていた。兄は隣町の自動車整備工場に通い、休日は知り合いの車の修理を受け合っていた。ブラジルで高校を終え、日本へ来た20歳の次女は、日本語の勉強を続け、今ではデカセギの通訳ができるまでになっていた。ブラジルの商品を扱う店でアルバイトをしながら、鍼灸学校に通い、出来れば資格も取りたいと頑張っていた。。

22歳の長女はブラジルで会社勤めをしていたが、両親と日本で暮らしたかったので、1年前から付き合っていたブラジル人の青年と結婚し、日本へやってきた。その青年は、大学生だったが、休学をしてまで、彼女と日本へ一緒に来ることを選んだのだ。彼らの住まいは両親の家から少し離れていた。子どもが生まれると、毎朝、幼い長男を祖母に預けて、夫婦は自動車部品工場で働いた。

「みんな、頑張ってるなあ!俺も頑張ろう!」と、ナカジマは第二の人生のスタートラインに立った。

職場はナカジマに向いていた。食料品工場だった。大手コンビニエンス・ストア用にサンドイッチやサラダやパンを作っている所だった。ピザ職人の頃のように懸命に働く夫を見て妻は感動した。それ以来、妻はコンビニのパンを買うのが日課になった。元々パンは好きだったが、日本のパンは種類が多くて、どれもおいしそうで、何といっても夫が作るパンだったからだ。

家族が集まると、いつも昔話で盛り上がった。もちろん、故郷バストスの思い出ばかりだった。「お正月に遊びに行ったカスカッタの滝で、トミオをおんぶしたことが懐かしいわ。お兄ちゃんはおにぎりを食べながら滝に見とれ、おにぎりを落として大声で泣いてたわよね」。母親は懐かしそうに思い出した。あの当時、母は仕事に追われていたので、家族で外出することはめったになかった。

「リオ・ド・ペイシェ3で魚を釣ったよな」と、ナカジマが思い出話をすると、兄は「とうの昔に魚なんていなくなってしまったさ」。長年バストスに戻らなかったナカジマはばつが悪かった。

ブラジルを離れてようやく巡り合ったナカジマ家の一同は、再び和やかに暮らすようになった。ナカジマの思い切った行動によって、家族の絆はより深まったのだ。さすが、ナカジマ!期待しているよ!

注釈:

1. 「なんと美しいのだろう!」イタリア語もポルトガル語も同じ発音

2. バーべキュー

3. 「魚の川」

 

© 2014 Laura Honda-Hasegawa

Brazil dekasegi fiction foreign workers Nikkei in Japan
About this series

In 1988, I read a news article about dekasegi and had an idea: "This might be a good subject for a novel." But I never imagined that I would end up becoming the author of this novel...

In 1990, I finished my first novel, and in the final scene, the protagonist Kimiko goes to Japan to work as a dekasegi worker. 11 years later, when I was asked to write a short story, I again chose the theme of dekasegi. Then, in 2008, I had my own dekasegi experience, and it left me with a lot of questions. "What is dekasegi?" "Where do dekasegi workers belong?"

I realized that the world of dekasegi is very complicated.

Through this series, I hope to think about these questions together.

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About the Author

Born in São Paulo, Brazil in 1947. Worked in the field of education until 2009. Since then, she has dedicated herself exclusively to literature, writing essays, short stories and novels, all from a Nikkei point of view.

She grew up listening to Japanese children's stories told by her mother. As a teenager, she read the monthly issue of Shojo Kurabu, a youth magazine for girls imported from Japan. She watched almost all of Ozu's films, developing a great admiration for Japanese culture all her life.


Updated May 2023

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