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第十一話(前編) クレイトは、もうサンバは踊らない

風がびゅーびゅー吹き荒れていた夜、クレイトは1時間前に出たダンススクールに戻った。そこのオーナーの明石トムは、ちょうどその頃、パープル色のドレスの女性に誘われ、横丁の「ルナ」で楽しそうに飲んでいた。

細長い階段を下りると、古びた木のドアを開け、薄暗い大広間を通り過ぎ、奥にある事務所に入って行った。手探りで金庫を探り当てると、あとは暗証番号は以前から知っていたので、スムーズに開けることができた。中を見ると、片手に持てる大きさの箱があった。それをジャンパーの中に隠し、素早く、そこから出て行った。

横丁の「ルナ」の3軒手前の「スバル」でパープル色のドレスの女性を待つことにしていたが、箱の中の金額が早く知りたくて、街灯の下で箱を開けてみた。

すると、薄い布に包まれた物が出てきた。開けて見ると、何かの像のようだった!

クレイトはとても驚き、柱にもたれこみ、息を呑んだ。

気を取り直して、もう一度その像を見ると、子どもの頃、教会のカテキズム(教理問答書)の時間に見た聖人の絵が思い浮かんだ。「ノッサ・セニョーラ1に似ているけど、これは日本のサンタ2に違いない」

その瞬間、クレイトは反省した。ダンススクールの仕事を快く与えてくれた明石トムを裏切ってしまった、と。「デウス3の罰が当たったんだ」と、路上にへたり込んだまま、その像を両手で大事そうに持っていた。すると、不思議なことが起きた。見ていると、その像の優しい眼差しがクレイトの祖母の目に思えてきた。クレイトが5歳の時、たった一度会ったおばあちゃんだった。遠い田舎からクレイトにと、大きなサッカーボールを持って来てくれたのだった。大喜びで、サッカー選手になる、とおばあちゃんと約束もしたのだった。

「返しなさい!返しなさい!」と言われている気がして、ダンススクールにすぐに戻り、細長い階段の一番下にそっと、その像を置いて、その場を立ち去った。

頭がぼーとなっていたが、クレイトは迷わないで行き先を決めた。以前、同僚だった知人の所へ向かった。

町に着いたのは午前6時頃だった。大勢のブラジル人が暮らしている団地の横の道に人が倒れていた。近づくと、男性だった。グレーの作業服を着て、自転車の上にかぶさるように倒れていた。

「大丈夫ですか?」とクレイトが聞くと、男性は目を徐々に開き、うなずいた。次の瞬間、自力で立ち上がろうとしたので、クレイトは手伝おうとした。その時、女性が駆けつけて来た。「言ったでしょう?今日は休んだ方が良いって」と、クレイトの手を借りて、男性を立たせた。

男性は、すまなそうな顔でクレイトに近づき、クレイトの手を強く握りながらお礼を言った。その時、クレイトは男性の腕時計に目を止めた。りっぱな腕時計だったが、ベルトは皮ではなく、薄い黄色のビニール製のものだった。

クレイトの父親もそれとそっくりな腕時計を持っていた。スイス製の「オメガ」だったが、使い古したベルトを新しい皮のベルトと取り替える余裕がなく、サンダルを利用してベルトを作ったのだった。子どもだったクレイトは父親の手作業を珍しそうに見ていたことを思い出した。

女性はまだ若かった。そして男性はその女性の父親だった。何度も「パパイは人の言うことなんか聞かないんだから」と、叱るように言っていた。

クレイトは勇気を出して、一気に「サイト・キヨシさん?」と、呼んでみた。

2人は驚いたようにクレイトの方を見た。女性は自転車を道端に置き、父親の手を引いて近づいて来た。

「クレイト!クレイトじゃないの?」

男性はクレイトの手を取ったまま、大声で泣き出した。女性は涙を堪えて、クレイトに言った「ケイラです。お兄ちゃんのことはお姉ちゃんのカーチャも私もずっと気にしていたよ」

3人は朝の日ざしを浴びながら、公園のベンチで積もる話を一気に話した。

15年ぶりの再会だった。クレイトが8歳の時、両親は別れた。母親は下の娘2人を連れて故郷ペルナンブーコに戻った。父親は病気になり、入院し退院後、姿を晦ました。その後、クレイトは世話になっていた叔父の家から追い出され、18歳でパパになり、デカセギとして日本にやって来た。そして、いろいろあったが、長年離れ離れになっていた家族と出会うことが出来た。

やっと、クレイトに明るい兆しが見えてきた。

前編 >>

注釈
1. ブラジルの守護女神
2. 聖人
3. キリスト教の神様

 

© 2013 Laura Honda-Hasegawa

About this series

In 1988, I read a news article about dekasegi and had an idea: "This might be a good subject for a novel." But I never imagined that I would end up becoming the author of this novel...

In 1990, I finished my first novel, and in the final scene, the protagonist Kimiko goes to Japan to work as a dekasegi worker. 11 years later, when I was asked to write a short story, I again chose the theme of dekasegi. Then, in 2008, I had my own dekasegi experience, and it left me with a lot of questions. "What is dekasegi?" "Where do dekasegi workers belong?"

I realized that the world of dekasegi is very complicated.

Through this series, I hope to think about these questions together.

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About the Author

Born in São Paulo, Brazil in 1947. Worked in the field of education until 2009. Since then, she has dedicated herself exclusively to literature, writing essays, short stories and novels, all from a Nikkei point of view.

She grew up listening to Japanese children's stories told by her mother. As a teenager, she read the monthly issue of Shojo Kurabu, a youth magazine for girls imported from Japan. She watched almost all of Ozu's films, developing a great admiration for Japanese culture all her life.


Updated May 2023

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