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Dale Furutani にみる新たなアメリカニズムの予兆

日系アメリカ人三世デイル・フルタニのもっとも顕著な特徴は、その作品暦の変遷である。自身の経験に基づき日系の歴史や現在を描いた「ケン・タナカ」時代から、江戸時代のサムライ小説「マツヤマ・カゼ」時代、そして明治期日本を舞台にした「シャーロック・ホームズ」時代へという変貌は、きわめて特異であると同時に、米国内のエスニック文学をめぐる諸相の変化を反映するものである。

フルタニは1946年ハワイ島ヒロに生まれ、5歳の時に一家でカリフォルニアに移住し、カリフォルニア州立大学で創作の学士号を、UCLAにて経営学修士を取得する。学生時代から各種雑誌に数多く投稿し、早くから書くことに才能を発揮したフルタニだが、壮年期は経営コンサルタントとして多忙な日々を送り、初の長編ミステリDeath in Little Tokyo (1996)を発表するのは50歳という遅咲きの作家である。

この作品と、翌年出版のThe Toyotomi Blades (1997)は、いずれもロサンゼルス在住の日系アメリカ人ケン・タナカが主人公で、年恰好といい居住地といいケンがフルタニの分身であることは間違いない。第1作はリトルトーキョーが舞台で、西海岸の日系人の風俗が詳述されるほか、謎解きの課程で強制収容を初めとする日系の歴史がふんだんに盛り込まれている。同作品でフルタニはアンソニー賞とマカヴィティ賞を受賞した。次作では主人公が日本に赴き、ルーツを求めるケンの異文化体験や、日本国内の多文化的状況が前景化される。これがフルタニの第1期、「ケン・タナカ」時代である。

次いで翌年から3年連続で発表されるのは、がらりと趣を変えたサムライ小説3部作 Death at the Crossroads (1998)、Jade Palace Vendetta (1999)、Kill the Shogun (2000) である。江戸時代初期、豊臣の元家臣の主人公マツヤマ・カゼは今や素浪人の身の上で、亡き主君の妻の今際の命により、連れ去られた主君の娘を求めて諸国を放浪する。カゼは欠けるところのない見事なサムライで、その向かっていく敵はどんどん強大化し、最後には幕府全体を相手にする大団円ののち、無事主君の娘を捜し出してシリーズは完結する。

デビュー作以来5年連続の長編出版という多作ぶり、しかもその間に大きく方向転換を図ったフルタニだが、その後は長らく沈黙が続く。健康を害し、闘病生活を送っていたためである。そして6度の手術を経た12年後の2012年、フルタニはまたしても華麗なる転身を遂げ、The Curious Adventures of Sherlock Holmes in Japanを出版する。

舞台は明治中期の日本、かの有名な英国人探偵シャーロック・ホームズが身分を隠し、シガーソンなるノルウェー人探検家として軽井沢に滞在していたという設定である。類まれな鑑識眼と推理力をもつシガーソンが、渡辺医師宅に寄宿し、同医師の助けを借りつつ軽井沢で数々の事件を解決する。ホームズとワトソンになぞらえた、シガーソンと渡辺医師のコンビで展開する冒険推理短編集なのである。

奇想天外と思える設定だが、実はシガーソンはシャーロック・ホームズの偽名のひとつであり、一時この偽名を使ってアジア方面に潜伏していたことはシャーロキアンには周知の事実である。ホームズが“baritsu”なる日本の武術を身に着けた日本通であることも知られている。また当時の軽井沢が外国人らに避暑地として好まれ、万平ホテルを中心に彼らの社交場が展開していた史実もある。このように、一見途方もなくみえる設定の背後には綿密な調査と構想があり、フルタニらしい遊び心もふんだんに盛り込まれているのである。

またフルタニのルーツ希求の思いが込められていることも特徴である。作品は8つの事件にまつわる8篇の短編と「著者まえがき」「著者あとがき」からなるが、この「著者」とはフルタニ姓をもつ日系米人作家すなわちフルタニその人という設定なのだ。日本滞在中に祖先の情報を求めていたフルタニが、軽井沢で骨董店を営む同姓の老女に巡り合い、同じ一族の人間で作家でもあるあなたにぜひ受け取ってほしいと軽井沢彫りの文箱を託される。中身は日英両語の混じった渡辺医師の手記であり、これをもとにフルタニが英語で本書を書き下ろしたという構成なのである。

この作品は、シャーロック・ホームズが明治期日本に滞在して数々の事件を解決する愉快な冒険探偵小説であると同時に、自身のルーツを求めるフルタニの長い旅の一里塚でもあるのだ。

フルタニは、自身のルーツを強く求める人である。病後その気持ちがさらに強まったことを、筆者とのインタビューおよびその後のメールで繰り返し語っている。母方の祖父母が山口県沖家室島出身でることはわかっているが、明治初期に小舟で山口県周防大島に到着した松平姓を名乗る一族の先祖については何ら手がかりが得られていない。フルタニは何度も日本を訪れ戸籍の入手等も試みたうえ、父方の先祖を求めるためにはDNA判定まで行ったとのことだが、残念ながら得るところは多くなかったとのことである。

「ケン・タナカ」時代から「マツヤマ・カゼ」時代さらに「シャーロック・ホームズ」時代へと変貌していくなかで、フルタニは一貫して自らのルーツを求め続け、文化的差異や異文化表象の記述を通じて自身のアイデンティティを模索し続けている。

エスニック文学は、エスニック少数派に属する人々が自伝的かつ史実に基づき自分たちの過去と現在を語る作品群として、ひとつのジャンルを確立した。どの集団にも「語られるべき過去」「苦難の歴史」といったものがあり、まずはそれが語られるわけだが、個々の作家でみても、○○系エスニック文学というサブ・カテゴリでみても、同じ主題ばかりを書き続けることには無理がある。また現代活躍中の作家には、すでに主流派への同化を相当に果たしている者が多い。結果、作家が選択的に獲得した「想像の記憶」による作品が多くなる。それでもなおエスニック文学の流れを汲む作品群は、自身のルーツやアイデンティティの希求が主要なテーマとなる。

ゴードン・マシューズは、現代社会に生きる私たちは、地球規模の「文化のスーパーマーケット」から自身の帰属すべき文化やルーツを消費者として選択していると述べ、“Searching for Home in the Cultural Supermarket” と題した最終章を次のように締めくくっている。

“But finally, you can’t go home again: there’s no cultural home left to go back to. This situation may be celebrated or denied, raged at or reveled in; but this is the world in which more and more of us now inescapably live” (197).

マシューズのいう状況は、21世紀の現在、多くの社会で既成の事実となりつつある。建国当時から “E Pluribus Unum” を唱えてきた合衆国は、多様性を受容し奨励し続けてきた結果、homeを求める思いを強く持つ人々がどこよりも多いことだろう。失われたhomeを求めるという主題は、エスニック文学台頭の時代を経て、アメリカ文学のなかで今後ますます主流的位置を占めていくであろうし、エスニック文学自体もこうして徐々にアメリカ文学の流れのひとつに集約されていくのではないか。そうした今後の方向性を、フルタニ作品の変遷は示していると思われる。

2012年3月9日、シアトル郊外ベルビューにて。中央がDale Furutani氏、向かって左が愛妻Sharon、右が筆者。

<参考文献>

Furutani, Dale. Death in Little Tokyo. New York: St. Martin’s, 1996.(『ミステリー・クラブ事件簿』戸田裕之訳、集英社文庫、1998年)
――. The Toyotomi Blades. New York: St. Martin’s, 1997.
――. Death at the Crossroads. New York: St. Martin’s, 1998.
――. Jade Palace Vendetta. New York: St. Martin’s, 1999.
――. Kill the Shogun. New York: St. Martin’s, 2000.
――. The Curious Adventures of Sherlock Holms in Japan. Belleview: Miharu Publishing, 2012.

Mathews, Gordon. Global Culture/Individual Identity: Searching for Home in the Cultural Supermarket. London: Routledge, 2000.

 

* 本稿は、『マイグレーション研究会会報』第8号(2013年5月1日)からの転載です。

 

© 2013 Tomoko Yamaguchi

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