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青年活動から生まれた文芸誌『怒濤』-その5/5

>>その4

青年団の機関誌であっても投稿者は団員に限られたわけではない。編集者はいっそう読みごたえのあるものにするために、すでに日系文壇で知られた人にも原稿を依頼した。そのためかなりの数の一世の作品が含まれている。

戦前、『收穫』に寄稿している森百太郎は一世で、団員の若者とは一世代年長であったが、小説「或る系譜」(第4号)、「幕末の或る数学家」(第5号)、「師の印象」(第6号)、「馬鹿庄」(第7号)、および散文詩「流れ」(第5号)、啓蒙読物「女性読本」(第3号)を載せている。「或る系譜」は東京美術学校長室井芳璃、「幕末の或数学家」は柳河春三の伝記に題材を求めた小説、「馬鹿庄」はたぶん森の故郷での見聞を書いたものであろう。「師の印象」を除いて他はすべて日本を題材としたもので、収容所の生活が反映されたものではない。彼は過去の日本の想い出の中に埋没することによって収容所の現実を忘れようとしたのかもしれない。

短詩型文学は毎号必ず掲載されている。若い団員の作品には詩が多く、恋心や懐かしい故郷をテーマにした抒情詩である。長谷峯春「かなしき想ひ出」(創刊号)、茜しげる「追憶」(第2号)、「胸の断片」(第3号)などは女性へのひそかな想いをうたったもの、幸之進「ふるさとのうみ」(第2号)、樹立繁「その男」(第6号)は望郷の気持ちをこめた詩である。また、鵜瀬澄夫「ぼく」(創刊号)や板谷幸子「瞬間」(第2号)など自己を見つめる内省的な詩もある。

短歌は、戦前から活躍していた泊良彦の歌が2号から5号まで掲載されている。泊は1887年に鹿児島県で生まれ1907年に渡米、25年に南詠会という短歌会を主催した。彼は『收穫』にも作品を載せており、北米短歌協会の指導者のひとりであった。収容所ではすでに50歳を過ぎており、いちはやく日本への送還を希望していた。ここでは短歌だけでなく、「青年の意気」(第3号)、「血か理念か」(第5号)などを書いて、日本への帰還と奉仕を訴えている。

俳句ではやはり戦前から知られた一世俳人である中村梅夫、藤岡無隠などの作品もあるがごくわずかである。青年団の若者が集うのは「白砂短歌会」、溶岩丘アバロ二・マウンテンにちなんで命名された「鮑ヶ丘俳句会」であった。また川柳も盛んであったが、収容所で初めて短詩型文学と出会った人が多いようで、楽しみながら創作をするクラブ活動のような会であったと思われる。また、郵便による他の収容所の歌友や句友との交流も盛んだったようである。

5. 『怒濤』の特色と果たした役割

『怒濤』の第一の特徴は、鶴嶺湖男女青年団の機関誌ということである。青年団の活動報告の場であると同時に、青年たちを祖国日本に役に立つ「立派な」日本人にするための啓蒙雑誌であった。第二に帰米二世を中心とする不忠誠者のみの雑誌であること。第三には藤田・橋本の二人の編集者が文学志向であったことから、その内容には文学作品が多く見られること。『鉄柵』とは異なり、団員からの投稿は取捨選択せずすべて掲載した。したがってその内容も玉石混淆で、学校の作文程度のものも多い。しかし選びぬかれ文学としての体裁が整った作品ではなく、若者が自由に書いたもののなかにこそ彼らの真情が溢れているのではないか。作品の質を云々するよりもこの雑誌は、当時の若者たちが何を考えて生きていたかを探る貴重な資料といえるであろう。第四に、第2号からは当局による検閲が免除され、比較的自由に親日思想を表現していること。他の収容所の雑誌は検閲を受けており、編集者が自己規制をして親日的傾向の作品を最初から排除した。しかし、トゥーリレイクでは日本送還希望者が多かったことと、戦争でアメリカ側が圧倒的に優勢であったため管理者もデモなどには神経を尖らせたが、出版物には寛大な措置をとったのである。

『怒濤』は第7号をもって終刊となった。1945年6月、日本敗戦の二ヶ月前である。ただし、編集者はこれが最後とは考えていなかったようで、藤田の小説「影と蔭」は次号にも連載予定であった。収容所に「小日本」を作り、日本を理想化していた若者たちは日本の敗戦で大打撃を受けたにちがいない。

ヒラリヴァー収容所の『若人』に始まり、『怒濤』へと継承されていった帰米二世の文学の流れは、戦後の『南加文藝』および『NY文藝』へと繋がって行く。青年団の帰米二世たちのなかで市民権を放棄して日本への送還を希望した者も、やがてその意思を翻してアメリカへ残り、その90パーセントがアメリカ市民として生きる道を選択した。一度は日本へ行った者も1950年代に市民権を回復してふたたび帰米した。橋本京詩は収容所を出てニューヨークへ向かい、55年に創刊された『NY文藝』同人となって誌上に多くの小説を発表した。藤田晃、伊藤正はロサンゼルスの『南加文藝』同人となり、65年から85年まで20年間も文学同人誌に作品を書き続けた。『怒濤』第6号から謄写版の鉄筆を担当した帰米二世加屋良晴は、その後『南加文藝』編集長として鉄筆を担当した。さらに、藤田は日本で、『農地の光景』『立退きの季節』などの小説を出版し、帰米二世文学の存在を日本の人びとに知らせた。

若い日の藤田、橋本が『怒濤』と出会わなかったなら彼らののちの創作活動はなかったかもしれない。彼らは『怒濤』をめぐって多くの文学仲間と知り合ったことから大いに文学への興味をかきたてられたのである。『怒濤』が帰米二世文学を生み、育てたという点で日系アメリカ文学に果した意義は大きい。

* 篠田左多江・山本岩夫共編著 『日系アメリカ文学雑誌研究ー日本語雑誌を中心にー』 (不二出版、1998年)からの転載。

© 1998 Fuji Shippan

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About this series

Many Japanese-language magazines for Japanese Americans were lost during the chaotic times of war and the postwar period, and were discarded because their successors could not understand Japanese. In this column, we will introduce annotations of magazines included in the collection of Japanese-American literary magazines, such as "Shukaku," a magazine that was called a phantom magazine because only the name was known and the actual magazine could not be found, as well as internment camp magazines that were missing from American records because they were Japanese-language magazines, and literary magazines that were also included by postwar immigrants.

All of these valuable literary magazines are not stored in libraries or elsewhere, but were borrowed from private collections and were completed with the cooperation of many Japanese-American writers.

*Reprinted from Shinoda Satae and Yamamoto Iwao, Studies on Japanese American Literary Magazines: Focusing on Japanese Language Magazines (Fuji Publishing, 1998).

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About the Author

Professor at the Faculty of Humanities, Tokyo Kasei University. Graduated from the Graduate School of Japan Women's University. Specializes in Japanese-American history and literature. Major works: Co-edited and authored "Collection of Japanese American Literary Magazines," co-authored "Japanese Culture in North and South America" ​​(Jinbun Shoin, 2007), co-translated "Japanese-Americans and Globalization" (Jinbun Shoin, 2006), co-translated "Yuri Kochiyama Memoirs" (Sairyusha, 2010), and others.

(Updated February 2011)

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