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「正義の闘い」を映像に―藤田キャロル文子さん その1

「藤井整氏のドキュメンタリーをつくろうと思っているのだけど、なにかアドバイスしてくれないでしょうか」

昨年の秋のことでした。わたしは半年ぶりに、藤田キャロル文子さんと会ったとき、彼女からそのように言われ、とても驚いてしまいました。

現在、彼女は「リトル・トーキョー・リポーター(Little Tokyo Reporter)」(以下「LTR」とします)という、日系一世である藤井整の生涯を描いた映画で、自らがエグゼキュティヴ・プロデューサーとして、制作の陣頭指揮をとっているというのです。

わたしが藤田さんに初めて会ったのは、今から4年前の秋でした。JAリビングレガシーの代表である山城(長行事)ナターリアさんを通して、日本を訪問中の彼女に会いました。その時、彼女と彼女のいとこである橋村春海さんに、お互いの交流などについてインタビューをしたのがきっかけです。

それ以後、わたしはロサンゼルスを訪れる時には必ず彼女に会いに行き、また彼女が日本を訪問するときは、必ず彼女に会うようにしてきました。そうするうちに、彼女は、わたしにとって尊敬できる先生であり、非常に親しい友人のような存在になって行きました。そんな彼女に、突然、映画をつくるので手伝ってほしいと、頼まれたのですから、驚かずに入られませんでした。

藤田さん、山形県にて、2011年12月

藤井整氏の「闘い」

LTRは、加州毎日新聞社(California Daily Newspaper)の創業者である藤井整氏の生涯を描くものです。

藤井整氏は、日系人の加州における経済活動を著しく制限した1913年の加州外人土地法(いわゆる、排日土地法 California Alien Land Law)を、白人の弁護士の協力を得て、葬り去った人です。それは、1952年のことでした。

彼は、現在の山口県岩国市出身で、旧制山口高等学校に通ったのち1903年に加州に渡り、南加大学(University of Southern California)で法律を学びました。将来は加州認定の弁護士となり、日系社会の人々が直面していた不正義に、正々堂々と立ちむかうヴィジョンを描いていました。しかし、日系一世という身分―「帰化不能の外人」―であったために、彼が加州において弁護士になるという夢は絶たれてしまいます。そのため彼は、大学時代の学友であり、加州認定の弁護士である白人のJ・マリオン・ライト氏(J. Marion Wright)とともに弁護士としての活動を始めました。

加州毎日の記事より。ライト弁護士(左)藤井整(右)

排日土地法の裁判以外の、彼の日系社会における貢献には、日本人病院の設立を阻まれた日系一世の田代規矩雄医師の裁判―ジョーダン対田代(Jordan v. Tashiro)―においてライト氏とともに、田代医師の弁護も担当したことが知られています。1928年、彼とライト氏はワシントンDCの連邦最高裁判所において、「田代医師には病院を設立する権利が保障されている」という判決を勝ち取りました。

1931年には、加州毎日新聞社を創業、社長として自ら記事や社説を書き、日系社会に向けての情報発信という、重要な役割を担うようになりました。

日系一世の権利を勝ち取るための「闘い」や、加州毎日新聞社の経営を通して、彼はいわば、日系社会の人々のための「司令塔」的存在になったのです。

ちなみに、映画のタイトルである「リトル・トーキョー・レポーター」は、彼が加州毎日新聞社の創業者であったことが、ヒントになりました。

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© 2011 Takamichi Go

Carole Fumiko Fujita documentary film J. Marion Wright Jeffrey Chin Little Tokyo Reporter Sei Fujii