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幻の文芸誌『收穫』-その3/4

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3.『收穫』の方針と内容

『收穫』の方針を各号の巻頭言によって明らかにし、作品をジャンル別に検討してこの雑誌の内容上の特徴点を示しておきたい。

(1)巻頭言
『收穫』を創刊した北米詩人協会の趣意については既に述べた。それがこの同人誌の趣意となり、方針ともなるわけであるが、各号に掲載された編集代表者執筆の「巻頭言」の中で『收穫』が目指すべき文学の在り方がもう少し具体的に述べられている。

加川文一は「創刊の言葉」の中で「特殊な事情と環境のうちに今かうして{アメリカで}生活している私共は、其処に異つた新しい、私共でなければ解決できない問題があまた有る・・・・・・そうした問題に就て、まだそれらの解決に就て、考へ、感じ、経験したことを詩、小説、評論などの形式をかりて最高の程度にまで生かしてゆきたいのが私共の願ひであり」、『收穫は』その願いを実現する機関であるとし、「お互ひが自分の生活のなかから創り出したものによつて励まし合ひ理解し合ひ、またそれによつて私共の社会の文化を形づくる上に何らかの寄与するところがあれば欣ばしい」と述べている。加川の目指す文学はアメリカの生活に根差した質の高い独自の文学を創り出すことであり、また日系文化の形成への積極的な参加をも視野に入れて文学活動を進めようということである。これは翁久充が提唱した移民地文芸論を想起させるが、加川における文学の使命が「新しい社会の建築」ではなく「文化の形成」となっているのは、日系社会における文学者の立場と意識の変化を示しているといえよう。

加川文一の文学観が『收穫』の基本的な考え方となり、それ以後の巻頭言もその上に立って書かれている。野村信一郎は「文人」は物事に感情的で団体的な訓練ができておらず、「文人」の仕事が実生活と遠くかけ離れているとして、文学のあり方と文学に携わる者の心構えを説く(第二号)。安曇穂明は安易な作品の発表を戒め、「收穫は断じて単なる自己慰安の、小さな誇りであつてはならない」とする(第四号)。糸井野菊は女性の立場から、『收穫』を通しての女性の自己啓発と、その自己啓発による『收穫』の充実、リアリズム文学を越える新しい文学の創造を願い(第五号)、江上初江(松田露子の親しい友人)は在米同胞が老いつつある現実を前にして、年齢と関係のない「若さ」という芸術魂を持って「スクラムを組んで前進する」ことの必要性を訴えている(第六号)。

(2)詩
『收穫』の編集方針でもあるが、詩はこの雑誌において重要な位置を占めている。積極的に作品を発表した同人は秋山貢、小菅白映、片井渓巌子、上山平八、松田露子、原信吉、澄江和夫、田中白羊などである。まず大きな特徴は労働者の生活に眼を向けた社会意識の強い人々が多いことである。上山平八、松田露子、原信吉、澄江和夫であり、それ以外に狩野輝光、斉藤陸奥なども含まれる。日本では官憲の激しい弾圧でプロレタリア文学運動は1934年には消滅している。またアメリカ文学においてもプロレタリア文学が盛んであったのは1930年代前半である。このような状況を考えると、『收穫』における社会派の人々の活躍はユニークであるといえる。ただこれらの人々にはそれぞれ違いがある。上山は政治を意識して生活を詠み、松田は未来志向が強く、フェミニズムの立場も表明し、階級論には懐疑的なところがある。原は抽象的でやや勇ましい。また澄江は生活の現実から眼をそらさず、狩野は回顧的であるが文明批判の姿勢も示す。

秋元は自然の風景を通して自己の心を表現することを得意とする。彼の作品は繊細さと表現の工夫に特色があり、総じて詩としての完成度は高い。同じように片井もまた季節の変化の中に自己を振り返るが、在米生活の回顧が主となっている。小菅と田中の作品は素朴で習作といってよい。

以上の同人以外に注目すべき人として外川明がいる。彼の詩はアメリカ生活を振り返り、日常風景を詠むが、深い思索と洗練された語法に支えられて、詩の世界の豊かさを感じさせる。またフェミニズムの立場から詩を書く人として松田露子の外に、糸井野菊、柏木まゆみがいる。家族制度の強い当時の日系社会を考えれば、彼女たちにも注目したい。

(3)創作
日系新聞が毎週一回、文芸欄を設けていても、紙上の限られたスペースでは創作はなかなか掲載が難しい。この点、『收穫』で合わせて16編の創作が載せられたというころは積極的な意味をもっている。加藤三郎が2編寄せているが、それ以外はすべて一人一編である。テーマは恋愛(とりわけ既婚者の恋)、日中戦争、回顧する在米生活、配偶者との齟齬、帰米の悩み、職場での人間関係、日本社会など多様である。しかし既婚者の恋と帰米問題、日中戦争は当時の日系社会の人々の関心を反映する新しいテーマといえる。

優れた作品として挙げることができるのは江上初江「春愁」、東城小南「昼と夜と」、加藤三郎「ミスターヤマと支那事変」「沖野氏の涙」、松野珠樹「戦時小景」である。江上の「春愁」は老いて失業中の夫を持つ若い妻の甥への想いを描いている。二人の言動の切実感と微妙なすれ違いを説得的な描写で示す秀作である。「サンフランシスコ文壇の村長さん」といわれていた東城の作品「昼と夜と」は、若い労働者と彼の勤務先の主人の妻との恋を扱っている。最後は日本人会との関係で体面を重んじる主人によって彼は職場を追われるが、青年の心理描写に工夫が見られる。日中戦争を背景にして若い未亡人の恋を描くのが松野の「戦時小景」である。日本から弟の出征の知らせを受け取った若い未亡人は恋を諦め、日本への強い支持を誓う。プロットの巧みさが際立っている。加藤の「ミスターヤマと支那事変」は、日中戦争がハウスボーイとして働く年配の男性に与える心理的影響を明らかにする。主人公が単純な日本支持へと向かうのではなく、白人の家で共に働く中国系男性に対して友人としての難しい立場に悩むところに特徴がある。「沖野氏の涙」は日系文学の伝統的なテーマの一つを扱うが、悔悟と自嘲の移民生活を成功組のそれとの対比で語る点が面白い。、

以上の作品に比べて、北川光「雨の日」や鳥海茂「自殺」、城忠「自殺」、森本敏雄「耕作と武雄」などは凡作である。ミミ・松岡「君が代」は二世による日本語の作品で日本支持という珍しさはあるが、これも習作に過ぎない。

(4)評論・随筆
36編の評論。随筆が掲載されていて、大久保忠栄、大島隣三、城しげる、東城小南が積極的に書いている。内容としては文学論が圧倒的に多く、既に触れたが、その中には『收穫』に対する厳しい批評もある。次いで人種や国家、「在米日本人」、労働者などに関するもの、日本あるいはアメリカでの生活の情景などが多い。

文学論は数が多いけれども啓発されるものは少ない。大久保忠栄「『譲次』以後」、大島隣三「科学と沙翁」、泊良彦「生活の肯定と現代短歌」、秋元貢「『收穫』詩壇評」、森岡渡「一つの提言」が心に残る評論である。大久保は現在の文学が描くべきものは谷譲次の「自由であるが無責任な」人間ではなく、生活を叫ぶ声であると述べる。大島はシェイクスピアに触れながら現代文学の視野の狭さを指摘し、歌人の泊は皇国支持の立場から芸術と生活の統合を説く。秋元と森岡の評論は『收穫』の作品に対する手厳しい批評で、自己慰安的ではなく質の高い作品のみを掲載せよと主張している。

人種問題を取り上げる凡四郎(武田四郎のペンネーム)「人種偏見雑考」は、多民族の住民からなる貧しい街に住む立場からアメリカ社会の構造上の問題点を取り上げる。そして差別される「在米日本人」がアジアの他の民族を白眼視する傾向を恥じ、文学者の社会的使命にまで言及している。東城小南「地球界隈」は国家間の争いを嘆き、日本への批判をほのめかす。糸井野菊「譲りぶくろ」は、旅立つ息子の安全を祈る熱い母の想いを綴る。上山平八「子供の頃」は、東京の花街。烏森で過ごした子供時代の思い出を記している。貧しい人々の子供たちへの強い連帯意識は、その後の上山の思想形成の出発点であったことがよく分かるエッセイである。

(5)その他
短歌と俳句が『收穫』に占める比重は、既述した他の部門にくらべて小さい。ただ北米歌壇の指導的な人々、泊良彦、高山泥草(『羅府新報』の「歌壇」担当)、高柳沙水(『加州毎日新聞』の「歌壇」担当)、渥美久雄などが、作品の数は少ないけれども質の高いものを発表している。泊、高山、高柳は1937年に結成された北米短歌協会の顧問であり、渥美は幹事を務めていた。他に武田露二、森本田鶴子、つきのきよし、藤川幽子などの作品も見られる。全体に自然、季節の変化、日常生活などを詠むものが多く、泊とつきのの場合には日本支持、あるいは日本賛美の姿勢が明確である。泊良彦が短歌論を書いたことには既に触れた。高山も俳句・短歌論を発表しているが尊大な印象を与える評論となっている。

俳句は橘吟社の田中柊林,中村梅夫とデルタ吟社の同人の作品が多い。作品のテーマは短歌の場合と同じで、季節や日常生活に関するものが多く、日中戦争と白人に対する意識に触れたものも散見される。

『收穫』の中で現在の我々にとって有益な資料は、同人の情報交換欄である「よせあつめ」(後に「サ・ロ・ン」と改題)と特集「自己紹介」(第五号)である。今では入手不可能な同人の個人情報と人脈情報、文壇情報が「生の声」を通して多く聞くことができる。

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* 篠田左多江・山本岩夫共編著 『日系アメリカ文学雑誌研究ー日本語雑誌を中心にー』 (不二出版、1998年)からの転載。

© 1998 Fuji Shuppan

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About this series

Many Japanese-language magazines for Japanese Americans were lost during the chaotic times of war and the postwar period, and were discarded because their successors could not understand Japanese. In this column, we will introduce annotations of magazines included in the collection of Japanese-American literary magazines, such as "Shukaku," a magazine that was called a phantom magazine because only the name was known and the actual magazine could not be found, as well as internment camp magazines that were missing from American records because they were Japanese-language magazines, and literary magazines that were also included by postwar immigrants.

All of these valuable literary magazines are not stored in libraries or elsewhere, but were borrowed from private collections and were completed with the cooperation of many Japanese-American writers.

*Reprinted from Shinoda Satae and Yamamoto Iwao, Studies on Japanese American Literary Magazines: Focusing on Japanese Language Magazines (Fuji Publishing, 1998).

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About the Author

Professor Emeritus at Ritsumeikan University. Specializes in Japanese American and Canadian literature. Major works include co-authored Reading Contemporary European Literature (Yuhikaku, 1985), co-edited Anthology of Japanese American Literary Magazines, 22 volumes in total and 1 supplement (Fuji Shuppan, 1997-1998), co-authored Postwar Japanese Canadian Society and Culture (Fuji Shuppan, 2003), co-edited Japanese Culture in North and South America (Jinbun Shoin, 2007), and co-translated Collected Works of Hisae Yamamoto: Seventeen Characters and 18 Other Pieces (Nagundo Phoenix, 2008).

(Updated January 2011)

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