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定住外国人支援策を検証する -教育の成果は長い目で見ることが大事- その1

日本政府による「定住外国人支援策」の一環として、日系人らに対する日本語教室や就労支援講座が各地で開催されている。果たしてこれらの取り組みは、日系人たちの雇用安定や地位向上に役立つのか。その取り組みの様子や、参加する日系人たちの心の変化を追った。

政府が重い腰を上げるまで

2008年9月に起きたリーマン・ショック以降、日本の製造業で働く派遣社員や期間労働者たちの多くが職を失った。なかでも深刻だったのが南米からの日系人労働者たちだ。長年、日本人とのコミュニケーションを必要としない工場労働に従事してきた彼らは、転職しようにも日本語すら十分に話せず、職務スキルもない。母国に帰国するにも費用がない、あるいは日本で生まれ育った子どもがいるため帰国できない、といった諸事情から、生活に困窮する日系人が続出したのだ。こうした深刻な事態を受け、これまで「見て見ぬふり」をしてきた日本政府がようやく重い腰を上げた。

2009年1月30日に「定住外国人支援策」を打ち出し、定住外国人のための日本語教育や就労準備研修などを実施すると発表したのだ。実はこの「定住外国人支援策」のなかには、本誌前号(『多文化情報誌イミグランツ』 第2号)で徹底検証を行った悪名高き「帰国支援金制度」も含まれているのだが、今回は評価すべき施策に焦点を絞ってレポートしていきたい。

失業した日系人5,000人を対象として「就労準備研修」を実施
380人の受講枠に750人の応募者が殺到

「最初はびっくりしました。日本に17~18年住んでいても、漢字はもちろん、ひらがなやカタカナの読み書きすらできない日系人が多かったですから」と話すのは、神奈川県内で「日系人就労準備研修」を企画・運営している(財)海外日系人協会の土方(ひじかた)陽美さんだ。

「工場労働に従事していた日系人たちは、ある程度の日常会話は理解できても、読み書きができない」と土方さんは指摘する。こうした状況が日系人の再就職を困難にさせていることから、政府の「定住外国人支援策」受けて厚生労働省が打ち出したのが、「日系人就労準備研修」だ。全国で失業中の日系人約5,000人を対象に、日本語はもちろん、履歴書の書き方や面接シミュレーション、日本の労働法令に関する知識などを習得してもらい、安定雇用に結びつけようというのがこの研修のねらいである。5,000人という対象数で十分なのかどうかは疑問だが、予算総額は約10.8億円と大規模である。

外国人集住都市を中心に昨年4月から順次開講されており、神奈川県に本部を置く海外日系人協会では、同研修の受託団体である日本国際協会(JICE)から神奈川県内の研修のみ再委託するかたちで実施している。当初は、年間19コース、合計380人を研修の対象としていたが、申し込み者が750人を超えたことから、急きょ年間30コース、合計600人にまで規模を拡大して対応しているという。1コースの定員は20人、開催期間は3ヶ月間にわたり、授業は月曜~金曜の午前9時半から16時40分までみっちりと行われる。求職中の日系人なら誰でも受講可能で、申し込みは神奈川県内のハローワークで受け付けている。

就労準備研修で日本語の授業を受ける受講者たち

自らの道を選択する第一歩として

私は、川崎市立労働会館で開催されていた「日系人就労準備研修」を、昨年の11月12日に取材した。この日は、午前中の日本語講座が終了後、午後からは社会保険労務士を講師に向かえ、“面接シミュレーション”が行われた。

研修生は、男性2人、女性6人の合計8人。1コースの定員が20人ということから考えると、ずいぶん少ない印象だ。研修生の出身国はさまざまで、ブラジルやペルーのほか、エクアドルから来日したという日系人もいた。

講師が面接時の注意点をレクチャーしたあと、ひとりひとり模擬面接が始まった。

「あなたは、どこの国から来ましたか?」
「日本にどれくらい住んでいますか?」
「どんな仕事がしたいですか?」

面接官に扮した講師からそんな質問が投げかけられると、研修生たちは緊張した面持ちで、自らの意思を確認するように答えていく。

日系2世の夫を持つペルー人の志喜屋マリサさん(43歳)は来日10年目。中学生の子ども二人と、1歳半になったばかりの乳飲み子を抱える3児の母だ。以前は写真の現像所でパート勤務をしていたが、出産を機に退社。産後まもなく就職活動を始めたが、「幼い子どもがいる」ということがネックとなり就職先が見つからないという。日本語の日常会話は問題ないが、読み書きは苦手。「この講座で漢字を勉強し、修了後はヘルパーの資格を取得したい」と意気込みを語る。

面接シミュレーションを行う志喜屋マリサさん

また、日系ブラジル人3世のイハ・アグネス・ユミ・オバタさん(36歳)は来日18年目。日系ブラジル人の夫とふたり暮らしだ。各地の工場を転々としながら派遣やアルバイトで製造業に従事していたが、勤めていた工場が一昨年の冬に閉鎖となり、解雇。直後に体調を崩して半年間休養していたが、昨年の夏に就職活動を再開するにあたって、「今後は工場労働以外の仕事に就きたい」と、この研修に参加して日本語を学びなおすことにした。「私の日本語は、職場で自然と覚えたものだから文法的に正しくない。きれいな日本語を覚えて、パソコンを使うオフィスワークに就きたい」と、将来の希望を述べた。

研修生のなかには、「どんな仕事でもかまいません」と答える方もおり、その度に講師が「これからは必要なスキルを身につけて、自らの道を選択できるようにならなければなりません。もう一度、どんな仕事がしたいのか考えて」と、これまで工場労働ばかりに従事してきた研修生に対して、キャリアプランの見直しを求める場面も見受けられた。

勉強に専念できる環境づくりが課題

在留年数にかかわらず、受講生の日本語能力には大きな開きがあり、すらすらと答えられる方もいれば質問の意味さえ分からない方もいる。底の見えない現在の経済情勢から考えると、就労研修で学んだからといって、彼らがすぐに安定した雇用を得られるようになるとは考えにくい状況だ。

「最近では、職探しに追われて研修に参加できなくなる研修生が増えている」と前出の土方さんはいう。研修開始直後の昨年5月ごろは、就職や帰国による辞退者をのぞけば、ほぼ100%の研修生が最後まで履修していた。しかし、失業保険の受給が切れ始めた夏以降からは修了率が低下し始め、最近では50%に満たないこともあるという。この日の出席者が、定員20人に対してわずか8人だったのも、そんな理由があったからかもしれない。

とはいえ、途中で勉強を断念せざるえない状況では、いつまでたっても日本社会における日系人の地位は向上せず、自らの手で人生を選択することもできない。「今後は、給付金を活用するなどして、彼らが継続的に勉強できる体制が整えたい」と土方さんはいう。せっかく勉強の場を与えられても、継続できなければ意味がない。失業中の研修生が勉強に専念できる環境を整えることが、今後の課題といえそうだ。

その2>>

*本稿は『多文化情報誌イミグランツ』 Vol 3より許可を持って転載しています。

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