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ロナルド・タカキ~「自分」を他の文化、民族の視点から問い続ける - その1

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今年の5月末、日系3世のロナルド・タカキ教授が自殺したというニュースを目にした。エッとわが目を疑った。

ロナルド・タカキ 『アメリカはなぜ日本に原爆を投下したのか』(草思社)より転載

今から10年前の1999年4月29日、タカキがつとめていたカリフォルニア大学バークレー校で、twLF(third world Liberation Front:第三世界解放前線)の学生らが構内でハンガーストライキを行い、5日後に6人が逮捕された。同校では、1990年代に入って、民族研究学部の予算と教員が削減され、授業数も以前に比べて少なくなった。それが事件の発端である。

学生の逮捕を受けて、タカキはキャンパスに立ち、学長にこう言い放った。
     「学生を逮捕するのなら、私も逮捕すべきだ」
さらに続けた。
     「他にも9名の教員を逮捕しなくてはならない。学生を逮捕するのではなく、話し合いの場を持て」
学生たちから喝采を浴びたことはいうまでもないが、彼自身、相当の覚悟で臨んだ集会だったろう。

これだけの気骨がある人である。だから自殺、という言葉がピンとこなかったのである。メディアには20年前から多発性硬化症を患っていたことしか書かれていない。それだけが自殺の原因だったのかどうか、真相はわからない。私にはドキュメンタリー映画で見た、強いタカキだけが脳裏に焼きついている。

twLFのやり方には賛否両論があるようだが、今の時代にまだ学生運動にこれだけ力があること、そして大学の一教員が学生の側に立って発言をしたことに私は感銘を受ける。

日系アメリカ人研究者の仕事が日本語に翻訳されることはあまりないが、民族学者だったタカキは例外で、十数冊ある出版物のうち、『パウ・ハナ ハワイ移民の社会史』『もう一つのアメリカン・ドリーム アジア系アメリカ人の挑戦』『アメリカはなぜ日本に原爆を投下したのか』『多文化社会アメリカの歴史 別の鏡に映して』『ダブル・ヴィクトリー 第二次世界大戦は、誰のための戦いだったのか? 』の5冊が1980年代以降、訳出されている。

マイノリティの集合体としてのアメリカを描く

タカキの著作で一貫しているのは、多文化社会の視点から歴史を見直そう、という姿勢である。アメリカもヨーロッパだけの視点だけでなく、多文化、多民族の視点から歴史を書き直そうと試みている。

タカキは1939年にホノルルに生まれ、高校卒業後、本土に渡ってオハイオ州の大学に進学した。折しもアメリカ社会では黒人の公民権運動が盛り上がりを見せていた頃で、マイノリティの歴史に開眼した。オハイオ州ではハワイと違って彼自身がマイノリティだったことも彼の世界観に大きな影響を与えただろう。その後、カリフォルニア大学バークレー校で黒人史を学び、1967年にアフリカの奴隷貿易をテーマに博士論文を書いている。

その後、他のマイノリティにも関心を深めていく。『パウ・ハナ』では、故郷であるハワイの多文化、多民族社会を描いた。『もう一つのアメリカン・ドリーム』では、中国系、日系、韓国系、フィリピン系社会の存在をアピールした。

『多文化社会アメリカの歴史』は、いわばタカキのアメリカ研究の集大成というべきもので、黒人、ネイティブ・アメリカン、アジア系、ヒスパニック系、さらにユダヤ系、アイルランド系アメリカ人を中心として、多文化、多民族社会であるアメリカを描き出している。

『多文化社会アメリカの歴史』の原著が書かれたのが1993年。奇しくも前年に起きたロサンゼルス暴動は、ヒスパニック系と黒人、韓国系と黒人の摩擦をマスメディアにさらし、タカキにも大きな影響を与えた。近年、アメリカのユダヤ社会、東欧社会、黒人社会、日系社会などの研究は増えてきたが、それらはアメリカ社会を断片化し、それぞれの集団を孤立させて研究している。それではロサンゼルス暴動以後の時代のわれわれの必要に対応できない、と彼はいう。タカキの言葉を引用する。

「ロサンゼルス暴動が荒れ狂った日々に、われわれを釘付けにしたテレビ映像は、分裂した人種関係の将来の姿を示しているのだろうか、それとも、多様な人種と民族からなるアメリカ人は連帯してより大きな一つの物語をつくりあげることができるのだろうか。何が起ころうと、われわれが確信できるのは、われわれの社会の将来は、われわれが自分自身を映すためにどの〈鏡〉を選ぶかによって多大な影響を受けるだろうということだ」

人は過去を学び、歴史という鏡に自分を映してみることができるが、複雑な現代に必要とされているのは「別の鏡」に映すことだとタカキはいう。自分を他の民族、他の文化の視点で見ることによって、自分の理解も、他者の理解も深まるとタカキは言いたいのだろう。

本書が出版されてから8年後の2001年の9月11日、ニューヨークで同時多発テロが起き、世界が一変した。『多文化社会アメリカの歴史』にはアラブ系アメリカ人のことはとりあげられていないが、タカキにはこの事件がどのように映ったのだろうか。

自分を別の鏡に映すことの難しさ、他の民族、他の文化を理解することの困難さを、9.11は私たちに突きつけているように思える。

その2>>

*本稿は、時事的な問題や日々の話題と新書を関連づけた記事や、毎月のベストセラー、新刊の批評コラムなど新書に関する情報を掲載する連想出版Webマガジン「風」 のコラムシリーズ『二つの国の視点から』第3回目からの転載です。

© 2009 Association Press and Tatsuya Sudo

About this series

There are approximately 3 million Japanese people living overseas, of which approximately 1 million are said to be in the United States. Japanese people in the United States, which began in the latter half of the 19th century, have at times been at the mercy of bilateral relations, but through their two cultures, they have come to have a unique perspective as Japanese people. What can we learn from these people who have lived between Japan and the United States? We explore the new worldview that emerges from the perspectives of the two countries they hold.

*This series is reprinted from Renso Publishing 's web magazine "Kaze," which features information about new books, such as articles linking new books to current issues and daily topics, monthly bestsellers, and columns reviewing new books.

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About the Author

Lecturer at Kanda University of International Studies. Born in Aichi Prefecture in 1959. Graduated from the Faculty of Foreign Studies at Sophia University in 1981. Graduated from Temple University Graduate School in 1994. Worked at the International Cooperation Service Center from 1981 to 1984. Lived in the United States from 1984 to 1985, and developed an interest in Japanese-American films and theater. Has been involved in English education since 1985, and currently lectures at Kanda University of International Studies. Since 1999, has presided over the Asian American Studies Group, holding study meetings several times a year in Tokyo. His hobbies are rakugo and ukulele.

(Updated October 2009)

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