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二つの国の視点から

カレン・テイ・ヤマシタ~自分の居場所を問い続ける日系3世作家 -その1

今回は、日系アメリカ人の表現者の中で、とりわけ特異な才能を持つ、カレン・テイ・ヤマシタを取り上げたい。

カレン・テイ・ヤマシタ Photo by Mary Uyematsu Kao.

カレン・テイ・ヤマシタは、1951年にカリフォルニア州のオークランドで日系3世として生まれた。ミネソタにあるカールトン・カレッジで英文学と日本文学を専攻したが、1971年、日本の文化と文学を学ぶため、交換留学生として1年半早稲田大学に留学した。1975年、奨学金を得た彼女はブラジルの日系移民を研究するためにサンパウロに渡り、10年間滞在する。ブラジル滞在中にブラジル人と結婚して家庭を持ち、短編や戯曲を書き始める。1984年にアメリカに戻った後も創作を続け、ロサンゼルスのアジア系劇団、イースト・ウエスト・プレーヤーズ(EWP)のために多くの戯曲を書いている。この頃ロサンゼルスにいた私は、ヤマシタのHiroshima Tropicalという芝居を、当時サンタモニカ通りにあったEWPで観ている。日本に強い関心を持つ彼女は、舞台に能、歌舞伎、さらには舞踏の要素も入れている。

1990年以降、ヤマシタはこれまでに5冊の本を上梓し、現在はカリフォルニア大学サンタクルツ校で、創作とアジア系文学を教えている。

なお、彼女のミドルネームであるテイは祖母の名前で、正確には平仮名で「てい」。彼女自身は、自分の名前を、「カレンてい山下」と、片仮名、平仮名、漢字混じりで表記してほしいそうだが、本稿では、片仮名で統一したいと思う。

理想郷への共感と文明への問いかけ

『熱帯雨林の彼方へ』

1990年、ヤマシタは、ミネソタにあるCoffee Houseという小出版社から『Through the Arc of the Rain Forest』(邦題『熱帯雨林の彼方へ』)、1992年に『Brazil-Maru』(ぶらじる丸)を出版した。どちらもブラジルでの体験をベースにした本だが、前者は主人公が、カズマサ・イシマルという人間に取り付いた球体という、奇想天外な発想の小説。他にも腕が3本あったり、乳房が3つある人物らが登場して、マタカンという大地の鉱物資源をめぐる抗争に巻き込まれていく。やがて鉱物資源を土台にしてできたマタカンの文明は崩壊してしまうが、森は再生しはじめていくという物語で、熱帯雨林を救いたいという思いで彼女はこの小説を書いたという。

一方、『ぶらじる丸』では、1925年に日本から「ぶらじる丸」でサンパウロに移住してユートピアを目指したキリスト教社会主義者たちを描いた。ブラジル移民史であるが、単に出稼ぎで金を儲けて一旗上げて故郷に錦を飾ろうという移民でなく、志を持ってブラジルに骨を埋めようと思っている移民なので、日本人移民としては異色の集団だ。

北米でも同様の移民集団があった。長野県安曇野で研成義塾を創設した、キリスト教徒の井口喜源治の弟子たちが、理想郷をつくろうと、1910年代に集団でシアトルに移住している。彼らが創刊した『新故郷』という同人誌のタイトルに彼らの思いが表されているし、彼らが始めた農場「共働園」に彼らの目標が見て取れる。「共働園」をはじめた一人、平林俊吾の息子の一人が、第二次世界大戦中に日系人強制収容所を拒否したことで知られるゴードン・平林である。他にも、銀座ワシントン靴店の創業者・東條タカシや、『暗黒日記』などで知られるジャーナリストの清沢洌が研成義塾出身である。

『ぶらじる丸』ではサンパウロの奥地、エスペランサ(希望)という場所が理想郷に選ばれている。主人公のイチロー・テラダの家族は長野県松本の出身で、これはヤマシタ自身のルーツからとっているのだろうが、偶然にも研成義塾があった場所と近い。イチローは、日本への帰属意識のない、新しい感覚を持った人物として描かれている。また、この本に出てくる移民家族、ウノ家の長男であるカンタロウ・ウノはカリスマ性を持った事業家で、後に養鶏場で成功して卵王国を作るのだが、ロシアの文豪・トルストイや、日本の作家・武者小路実篤を読みふけるという場面がある。武者小路実篤は作家としてだけでなく、1918年に「新しき村」という共同体を宮崎県で創設した社会運動家でもある。トルストイも同様だ。そんなところにも、ヤマシタの社会に対する考え、あるいは理想郷への共感が見てとれるような気がする。カンタロウの卵王国は彼の独裁性のために結局は滅び、最後は飛行機事故で命を落とす。

マジック・リアリズムとかシュールリアル・ファンタジーなどといわれる『熱帯雨林の彼方へ』と移民集団を描いた『ぶらじる丸』は随分違う印象を受けるが、文明が栄え、滅びた後、何が残り、人はどうするのか、という問いかけは同じだ。また、後者にも、イチローやカンタロウだけでなく、知的障害を持ったゲンジなど、さまざまな背景を持った人物が登場する。その点においても共通項があると言っていいだろう。『ぶらじる丸』は浅野卓夫氏が翻訳中と聞いている。出版の日を楽しみに待ちたい。

その2>>

 

*本稿は、時事的な問題や日々の話題と新書を関連づけた記事や、毎月のベストセラー、新刊の批評コラムなど新書に関する情報を掲載する連想出版Webマガジン「風」 のコラムシリーズ『二つの国の視点から』第13回目からの転載です。

 

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About this series

海外に住む日系人は約300万人、そのうち在米日系人は約100万人といわれる。19世紀後半からはじまった在米日系人はその歴史のなかで、あるときは二国間の関係に翻弄されながらも二つの文化を通して、日系という独自の視点をもつようになった。そうした日本とアメリカの狭間で生きてきた彼らから私たちはなにを学ぶことができるだろうか。彼らが持つ二つの国の視点によって見えてくる、新たな世界観を探る。

*この連載は、時事的な問題や日々の話題と新書を関連づけた記事や、毎月のベストセラー、新刊の批評コラムなど新書に関する情報を掲載する連想出版Webマガジン「風」 からの転載です。