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日本文化に夢中:日本の伝統文化を極める“ガイジン”さんに、その魅力を聞くシリーズ

第3回 「津軽三味線で、現代音楽に革新を」 マイク・ペニーさん

吉田兄弟の活躍で、若者の間にも広がった津軽三味線の新たなブーム。アメリカではまだ知名度があるとは言えない楽器だが、カリフォルニアでは若き津軽三味線奏者が第一線で活躍中だ。

三味線に恋をした

津軽三味線奏者、マイク・ペニーさんの存在を教えてくれたのは、在ロサンゼルス日本国総領事公邸の今年の新年会で彼の演奏を聴いた友人だった。動画サイトで「Mike Penny Shamisen」と検索すると、数多くの演奏風景が投稿されていた。手にしているのは確かに三味線だが、弾いている本人はアメリカの平均的な若者といった風貌。のギャップが興味深かった。

それから約1カ月後、ロサンゼルス郊外のバレンシアにあるマイクさんの両親の家で、本人に会うことができた。早速、津軽三味線との出会いを聞いた。

「2004年、北カリフォルニアで開催されたミュージックキャンプに参加した時に、生まれて初めて津軽三味線の演奏を聴く機会があった。それまで僕は、ギター一筋だった。ところが後に僕の師匠になるケビン・メッツの演奏を通じて、僕は瞬間的に『三味線に恋をした』んだ」

当時18歳、既に高校を卒業していた彼は、メッツさんに弟子入りするために、南カリフォルニアから単身、北カリフォルニアのサンタクルーズに移り住んだ。そこで、来る日も来る日も、三味線修行に明け暮れたそうだ。

「バレンシアからサンタクルーズまでわざわざ? そうしなければ、津軽三味線を本格的に習うことはできないと思った。師匠の所に行く以外に選択肢はなかった」
18歳のミュージックキャンプが、それまで日本とは縁もゆかりもなかったマイクさんにとって人生最大の転機となったのだ。

その後、師匠とともに、津軽三味線の本場、青森県で開催されるトーナメントに参加するため、年に数度ずつ日本へ行く機会にも恵まれた。

夢は日本での活動

9歳から続けていたギターを捨て、一瞬にして人生の方向を転換させた津軽三味線の魅力とは何だろう。

「可能性が感じられること。僕にとって、津軽三味線は演奏技術の面で開発の余地がまだまだ残されている。でも、可能性を追求するためには、日本の伝統楽器としての演奏の基礎を徹底的に叩き込むことが先決だ」

現在は、メッツさんや日本で活躍する新田昌広さんとともに「モンスターズ・オブ・シャミセンズ」を、さらにアコーディオンとのデュオの「シャマラマコード」、ジプシー音楽の「フィッシュタンク・アンサンブル」と3つのバンドで活動中。4月にはニューヨークのロングアイランドでも太鼓のグループとコラボ演奏を行う予定だ。

演奏だけでなく、マイクさんは作曲も手がける。彼の曲からは、津軽三味線の枠にとらわれない独創性が伝わってくる。

「文化センターのような場所で一般のアメリカ人に三味線を演奏する際には、楽器としての歴史や特徴、僕がどのような点に魅かれているかを話すことにも非常に意義を感じる。一方、日本人の聴衆を相手にするときは、僕の演奏や楽曲が非常に斬新だと言ってもらえることが、とても嬉しい」

日本人を相手にしても、アメリカ人を相手に演奏しても、彼は常に「驚き」を与えるプレイヤーだと言える。「今でも練習は毎日?」と質問すると、「As much as I can、でないと、さびついてしまうからね」と日本語を交えて答えてくれた。「日本語は、最初のうち個人教授で集中的に学んだ。今は年末に行われる国際交流基金主催の日本語試験に向け猛勉強中」。楽器も言語も、すべて「これ」と思ったものには無我夢中で取り組むのが彼のスタイルなのだろう。

最後に目標を聞いた。5年後には現代音楽を革新するような津軽三味線奏者となること、そして10年後の夢は日本を拠点に活動することだそうだ。

* 本稿はU.S. FrontLine April 5/2009からの転載です。

© 2009 Keiko Fukuda

mike music Penny shamisen U.S. FrontLine

About this series

三味線、陶芸、詩吟、武道、着物…その道を極めるアメリカ人たちに、日本文化との出会いと魅力について聞く。(2009年のU.S. FrontLine より転載。)