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第4回(前編) 彷徨(咆哮)する魂 ―帰米作家あべよしおの軌跡―

1. 帰米二世の光と影――あべよしおと秋谷一郎

「あべよしお」なる帰米二世作家をご存知だろうか。その作品世界は熾烈で容赦なく、その人生は壮絶な闘いの日々であった。帰米という経験の闇の部分を誰よりも深く抉り出し、「自分とは何者か」という問いを過酷なまでに自らに問い続けた。書くことに救いを見出そうと同人誌を立ち上げ、生涯にただ1冊の自伝的大著を著した。しかし満を持してのその作品も世間に注目されることはなく、失意のうえ病魔にも冒されたあべは、妻と共に自死して果てた。没後30年近く経った現在、唯一の著作『二重国籍者』は絶版になって久しく、出版社も無くなっている。今回は、この忘れられた異才あべよしおに光をあてたい。

ところであべは、シリーズ第2回に登場したカール秋谷一郎 とほぼ同年齢、同じ時期に日本で教育を受け、開戦前の同時期に米国に帰国し、ともに戦時中は強制収容を受け、戦争後期は日米両語をあやつれる帰米の強みを生かして米国政府の諜報機関で働いた。また戦後は東海岸に移住し、共に同人誌『NY文藝』を立ち上げた。つまり二人はきわめて似通った経験を経て、共に文筆の道を志した、いわば盟友なのである。

しかし二人の辿った後半生は、対照的なものだった。秋谷は敬虔なクリスチャンであり、晩年には長年にわたる人道主義・平和主義的活動に対し「Martin Ruther King Jr. 生涯の業績賞」を受賞した。秋谷の人生を、帰米という経験を正の座標に転じることに成功した人生とみるなら、あべのそれは、どこまでも負の座標を掘り下げることをやめなかった人生ともいえるだろう。

2. 帰米という経験

当コラムの読者諸氏にはすでに馴染みの深い言葉だろうが、「帰米」なる人々について、あらためてふれておきたい。「帰米二世」もしくは単に「帰米」と呼ばれる人々とは、ひとことで言うなら、アメリカ生まれの二世のうち幼少期から少年期・青年期にかけてを両親の祖国日本で過ごし、その後アメリカに帰国した人々である。子の成長期に親子が離れ離れに生活するという特殊なケースがなぜ多数発生したのかといえば、二世たちが成長期を迎える二十世紀初めから1930年代にかけては反日運動も各所で厳しさを増し、そのようななかで子らが教育を受けることを一世の親たちが憂慮したことがひとつある。また、アメリカ生まれのわが子が、英語を母語とし自分たちや祖国の人々とは意思疎通のままならない完全なアメリカ人に育つことを危惧したことがある。日系の人々が帰化不能外国人であった戦前、いずれは日本に帰ることになろうと、多くの一世が考えていたのである。

どのくらいの年齢で日本に来たか、どれほどの年数を日本に過ごしたか、単独での日本滞在か母親や兄弟など他の家族も一緒であったか等、彼らをとりまく状況は決して一様ではない。帰米の多くは日米開戦前に帰米を果たしているが、なかには終戦後まで帰国がかなわず、戦時を日本に過ごした人々もいる。そのうち広島・長崎の出身者は、結果として「被爆帰米二世」となったわけだ。長崎出身者についてその正確な数値は知られていないが、広島出身の被爆帰米二世はその数約500人といわれている。無視できない数字である。また終戦後も米国に帰国せず、今も日本に暮らし続ける二世たちもいる(もちろんその人々は帰米とは呼ばれない)。

このように、帰米と呼ばれる人々の経験は多様であって、決して彼らをひとしなみに扱うことはできない。しかし一般に言われることは、青少年期を日本に過ごしたため英語が完璧ではなく、一般の二世より日本人的精神性や態度を色濃く身につけているために、日系人コミュニティのなかでは疎外されがちであった。戦前に帰米を果たし強制収容を経験した帰米たちは、収容所内で異端視されることも多々あったようだ。また何より彼らは、感じやすい時期を日本に過ごして日米二つの文化に身をおいたことにより、青年期に特有の「自分とは何者か」という問いに、人並み以上に苦しむことになった。さらに、第一と第二の祖国が戦争をするという状況は、戦時を日本に過ごして敗戦を経験した場合も、米国に過ごして強制収容を受けた場合も、きわめて過酷なものであったことは間違いない。

石川好の「(帰米という言葉は)ほとんど軽蔑用語に近かった」(3)という言葉が、彼らのおかれた状況を端的にあらわしている。アメリカ社会のなかで周縁化された日系コミュニティ内部にあって、さらに周縁化され差別されがちであった人々である。多くの日系人が経てきた苦難を、二重に味わってきた人々ともいえるだろう。彼らに目を向けることで、社会のなかで周縁に位置する人々の経験を、私たちは伺い知ることができる。

3. あべよしお略歴

あべは1911年オレゴン州ポートランド生まれ、10歳のとき父母と共に父の故郷岡山に赴き、岡山一中を4年で中退して上京し、短期間だが早稲田大学に在籍する。前述の自伝的作品によればこの時期に、反体制運動に関わり投獄され、拷問なども受けたらしい。そうした状況から逃れるように1936年、父母を日本に残して帰米し、オレゴン大学に学ぶ。

大戦中は、サンタ・アニタの仮収容所を経てコロラド州のグラナダ転住所に収容される。戦争後期は、連合軍の対日情報部員としてインドに渡る。終戦後はニューヨークに再定住し、1950年より『北米新報』文芸欄を担当、この頃すでに米国共産党に入党していたという。そして1955年、秋谷らとともに『NY文藝』を創刊。1号から5号まで編集・発行責任者を務めたのち、1960年、秋谷に同職を託し、前年に結婚した妻(『NY文藝』同人の桜庭ケイ)と共に日本に渡り、鎌倉に居を定める。日本で作家として立ちたいというのが帰日の理由であった。

鎌倉では、「鎌倉文芸懇話会」を経て、1966年「日本民主主義文学同盟鎌倉支部」の結成に携わり、支部長に就任する。また日本共産党員としても活発に活動する。あべの生涯唯一の著書となる『二重国籍者』は、当初は『民主文芸』に連載され、1972年に東邦出版から上梓された。

「日本民主主義文学同盟鎌倉支部」を結成してから、この自伝的小説の出版記念会の頃までが、あべが日本でもっとも精力的に活動した時期らしい。饒舌で酒好きで、ウィスキーのビール割り(本人はそのカクテルを「ビル・ボイラー」と呼んでいた)をこよなく愛し、鎌倉支部の忘年会・新年会は徹夜が常であったとか。しかしその後心臓を患って禁酒・禁煙を余儀なくされ、次第に人を避けるようになる。心臓病に加え、末期の直腸ガンに侵されていたという説もある。『二重国籍者』が上梓されたときのあべの喜びようは大変なものだったというが、案に相違して世間の耳目を集めるには至らず、そのことへの失意も大きかっただろうと、『NY文藝』を通じてあべをよく知る石垣綾子は語っている。1981年1月15日、鎌倉の自宅にて妻との心中遺体が発見される。死後1ヶ月近く誰にも気づかれず放置されたままという寂しい死であった。

後編>>

 

© 2009 Tomoko Yamaguchi

biographies generations Japanese Americans Kibei literature Nisei
About this series

The Migration Study Group was formed in 2005 with the aim of students living in the Kansai region working together to investigate and study issues related to immigration and relocation. This nine-part column introduces part of a joint study conducted by volunteer members of the group on the theme of "The experiences of students coming to Japan in the 1930s: A comparison of students from North America and East Asia."

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About the Author

Doctor of Literature (American Literature). Aims to interpret various aspects of society by reading texts and their surroundings. Reads works by Asian American authors, particularly Japanese American authors. Major research results include co-authored works such as For Those Who Learn Asian American Literature (Sekai Shisosha, 2011) and co-authored Rethinking Ethnicity (Migration Research Group, Kwansei Gakuin University Press, 2012).

(Updated June 2013)

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