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https://www.discovernikkei.org/en/journal/2007/2/1/brazil-nippon-dayori/

ワラと松と竹-ブラジル日系社会で新年を迎える

サンパウロから500キロ離れた小さな町。12月にはいると、いつも7時には早々閉めてしまう商店が遅くまでやるようになる。

街の中心の辻々には、財政が厳しいなか、市役所が提供したという、小さいながらも凝ったデザインのクリスマスツリーが配置されている。

通りを横切って幾重にも渡された点滅灯の線と電飾の数々、巨大なスピーカーから流れてくる地元ラジオ放送の大音響のなか、家族やカップル、友人同士でそぞろ歩く大勢の人を眺めていると、ここが人口わずか2万ちょっとの町だとは思えないほどのにぎやかさだ。

にこにこと笑っていない顔はない。笑っている理由を尋ねられてはっきり答えられる人は少ないだろう。誰かが笑い、それを見た人がつられて笑顔になり、笑顔に囲まれて仏頂面もできなくて自然と頬がゆるむ。

クリスマスらしい愉快な気分に街全体が包まれている。

この街で唯一のホテルをやっているUSさんの機嫌も上々だ。しかしUSさんご機嫌の理由は、クリスマスと別にもうひとつあった。

日本からの戦後移民一世、70歳まであと少しのUSさんにとって、この時期はクリスマスを祝っているだけではすまない。お正月の準備があるのだ。毎年そのせいで忙しく、準備が滞りなく進むかどうか相当に気も遣う。

USさんの心配は、自分の家の正月ではない。町の日本人会の役員であるUSさんは、1月1日に行われる「新年会」を正しくとりおこなうためのご意見番であり、同時に裏方としても重要な役割があるのだ。

「今年はこれで準備できた」

ほっとした表情でUSさんが言う。

USさんが引き受けた仕事の一つは、日本人会会長と住民代表による新年の挨拶の原稿を書くことだ。

会長も住民代表も二世だ。日常生活では日本語を話すけれど、改まった挨拶となると自信がないというので毎年USさんが準備した原稿を読む。

 「もう日本語がわかる人の方が少ないのだからブラジル語(日系人はポルトガル語をこう呼ぶ)でやればいいんだよ」

そう言いながらもUSさんは満更でもなさそうな笑顔だ。

日本人会の中心である二世の人たちにとって、新年会や慰霊祭といった節目にあたる行事の挨拶だけは日本語でやらなければ格好がつかないものらしい。この 町の日系社会がどうやって日本文化を継承していくか、というテーマならどこまで語っても飽きないUSさんにとっては歓迎すべき話のはずだ。

新年の挨拶原稿の用意は簡単ではないが、例年の事で手馴れている。あとは新年までに内容を確認し、よしとなったら原稿をローマ字表記に直せば万全だ。

しかしUSさんにはひとつ不安があった。それはもうひとつの仕事にかかわるワラが入手できるかどうかだった。昔ならこの町にも陸稲を作る人がたくさんいて、精米所まであったのだが、今ではひとりもいない。

どうしたものかと考えあぐねていて思い当たったのが、車で3時間ほどのところにある自給自足をモットーとする小さな日本人コミュニティで、さっそくそこ に問い合わせると案の定あるという。開拓年代もほぼ同じで、昔からずっとつきあいのあるところだったから快くわけてもらえることになった。

ホテルの中庭の隅っこに、どさりと放り出されたワラ束には、稲穂までくっついている。

大晦日の前日、隣町で植木屋さんをしているMKさんが、ワイシャツをワラくずまみれにして現れた。

「いやあ堅かった。これはワラとは言えないよ。なうのに往生した」

稲穂がついているくらいだからそれは堅かっただろう。だれかに教わったわけではない自己流だそうだが、それでも稲束は見事な注連縄に変わっていた。

「これを伐るのはもっと大変だった」と言って見せてくれたのは、日本ではちょっと見ない太さの竹だ。このあたりではあまり馴染みのない松の枝もどこからか手に入れている。

町の日本文化継承委員長(実際にはそんなものはないが)US氏の発案で、昨年から新年会に本格的な門松を飾ることになった。ワラの調達はUS氏の仕事、そこから先は前日の晩御飯をUS氏のホテルでご馳走になったMKさんが引き受けた。

戦前、日本政府の肝いりで作られた移住地が発展してできたこの町には、訪れた人がすぐに気付く特徴がある。それは日系人の多さだ。

ブラジルは最も大きな日系社会を持つ国だが、日系人口は全体の1%あるかないか、マイノリティもいいところだ。サンパウロの東洋人街にでも行けば別だが、日本人が集中しているサンパウロの町を歩いてもそうしょっちゅう日本人に出くわすわけではない。

広いブラジルでは、日本人というだけでジロジロ見られ、挙句の果てに両目尻を指で引っ張り上げて細くつりあがった目を作ってみせる定番のからかいを受ける土地のほうが案外多いかもしれない。

そんななかでこの町の日系人の存在感は、ブラジルでも群を抜いている。

日系人世帯数約800、人口約4000という数字は、町の人口のざっと20%程度にあたる。この町に限ればマイノリティとは言えないから存在感があるのも当然といえば当然だが、歴史的経緯から言えば日系人はここでは先住民ですらある。

80年前まではまるっきり原野であり、30年程前、景気が良くなって日系人以外の労働者が大量に入ってくるまでは日系人が人口の8割以上を占めるような町だったのだ。強烈な存在感の背後にはその余韻もあるように思える。

8割の日系人が闊歩する町は、「移民の故郷」と呼ばれた。

しかし世代がすすむにつれて、よく言われる日系人のブラジル化はここでも起きた。

日本語が通じる範囲は年々狭くなり、お茶やお花といった日本の伝統文化も次第に遠いものになっていった。これは由々しきことであると、現状を憂うひとは 少なくない。日本語や日本文化が失われていくのは時代の趨勢のようにも思えるが、孫との会話がもどかしいのはなんともさびしい。憂うとまではいかなくて も、これでいいのか、という思いは広く共有されている。

新年会は元旦の朝行われる。ブラジル各地の日系社会で新年の行事は行われているだろうが、この町のように300人近い人数を集める力を持つところはもう少ないだろう。

文化協会会長の挨拶を皮切りに次々と祝いの言葉が述べられる。あたりさわりのない新年の挨拶のなかに、ふいに挑発的な文句が登場してはっとする。

 「このまま、日本人の顔をしただけの普通のブラジル人になっていいのか?」

間違いなくUSさんの言葉だ。

始まってから1時間、お雑煮が振舞われた後、新年会は大福引大会で幕を閉じた。

明日はもう仕事だ。正月三が日を休む習慣がなくなったのは30年ほど前のことらしい。

新年会に集まったのはやはり一世のお年寄りが多い。10年後はどうなっているのだろうと、誰しもが感じているはずだ。USさんの抵抗はどこまで功を奏するのだろう。若者が日本文化を引き継ぐ時代は来るのだろうか。

USさん、MKさん合作の門松は、新年会で客席の正面に飾られた。松と竹に注連縄をあしらった高さ1メートルほどの堂々たる門松だ。

© 2007 Shigeo Nakamura

Brazil New Year Oshogatsu
About this series

This is a 15-part column that introduces the lives and thoughts of the Japanese community in a small town in the interior of the Brazilian state of Sao Paulo, interweaving the history of Japanese immigration to Brazil.

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About the Author

Researcher at Rikkyo University Institute of Asian Studies. From 2005, he served as a curator at a historical museum in a town in the interior of the state of São Paulo, Brazil, as a youth volunteer dispatched by JICA for two years. This was his first encounter with the Japanese community, and since then, he has been deeply interested in the 100-year history of Japanese immigration to Brazil and the future of the Japanese community.

(Updated February 1, 2007)

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